三章 ちんぽ騎士団
第15話 押しかけ女房(1)
次の日、早くもリコは押しかけ女房になった。
「やっほ」
果てなる水晶の迷宮の麓にある、俺のアパートに顔を出してきたのだ。
変装なのか、サングラスに帽子を被っている。お忍びでここまできたらしい。
「何しに来た?」
リコが来るのは予想外だった。
俺には他人に期待をしない性質が染み付いている。本当に『こいつ何しに来たんだ?』と思ったのだ。
「とりま炊飯器とガスコンロだけだけ持ってきた」
リコは背中のリュックから、炊飯器を出してどんと置いた。
「最新型の一番高い奴だから。なんか釜飯も作れるんだって。お、ベランダに干し肉だ。もーらい」
タンパク源として干し肉をつくっていたのだがぱくりと食べられてしまう。
「うまー。ゴルドフェニックスの肉だよね? 内側から輝く~。でも映えないかなあ。あ、このでかい羽とかいいかも」
リコはベランダに干していた巨大な羽の一枚をみやる。
自撮りの角度をうまく操り、リコ自身に羽が生えているかのような写真を激写。さっそくアップした。
「よーし。このままどんどん鳥さん画像を……」
「だからさ。何しに来たんだ?」
リコはぽかんとした顔をした。
「炊飯器。釜のような炊き心地だって」
「米もねーよ」
「じゃあ、ぽちってあげよう」
リコは早速通販サイトで俺の米をポチろうとする。
「慰めはいらねえ。母ちゃんじゃねーんだから」
「もしかしてこれがバブみ? 母性?」
「米ひとつでドヤ顔するんじゃねえし、そもそも俺は頼んでねーよ」
どうしてこいつは毎度逆なでするんだ?
俺のためかと思っているようだが、余計なお世話だ。
金がないのはそのとおりだが、二十歳そこそこの小娘に米を驕って貰うと考えると、自分が許せなくなる。
「じゃあ料理してあげるよ。ガスコンロにお鍋も持ってきたんだ。探索者の野営仕様だよ」
「……ったく。しょうがねえな」
俺はしぶしぶ承諾する。
いったいどうしてこいつは、また俺のところに来たんだ?
俺の人生は、もう終わっている。
こんなおっさんなど好きになるはずがない
先日のバズりだけで、十分だったのに……。
「ふんふんふーん。野菜をいっぱいいれよう」
しかもリコは声優でインフルエンサーだ。
声優業は休業中だが、ネットでは【声優で迷宮探索者のアイドル】として有名である。
輝竜リコが俺の部屋にいることが知られただけで、大炎上確定だろう。
(期待をさせないでくれよ。こいつが俺を好きだなんて、そんなことがあるわけないんだから。馬鹿馬鹿しい……)
昨晩はこいつの口から『好き』という言葉を聞いたが、それも気のせいだ。
俺はもう、裏切られたくないんだ。
(これ以上、あげてから落とさないでくれよ)
俺はフラッシュバックしている。
20歳の時はデートの約束までこぎ着けても、無断でぶっちされた。
理由を問いただしたら泣かれた。
サークルで俺は悪者になり、追放されてしまう。
約束を破ったのは、女の方なのにな。
25歳の時は、別の女性と結婚の約束をしたが、俺が薄給だとしられると音信不通になった。
ぷっつりと別れることに耐えられなくて、せめて言葉が聞きたくて、よく遊びに言っていた彼女の家を訪ねた。
俺はストーカーとして通報された。
29歳の時は『一緒に家を建てようね』と、契約書にサインを促されたが、タワマンの裏営業の女だと発覚した。
サインをしていたら、女はドロンして俺には借金だけが残るという寸法だった。
女の後ろには同業者の男が控えていた。
女の本命は俺ではなくそいつだったらしい。
俺からむしり取った金を、男に貢ぐつもりだったのだ。
法律事務所に駆け込んで相談したことで事なきを得たが、俺の心には人間不信が残った。
俺の心は、もうねじ曲がっているのだとわかっている。
だからといって。今まで、これだけの仕打ちをされて〈人を信じる心〉なんかが残っているわけがない。
これだけされて、『いい人』でいられるなんてバカだろ?
俺にいい人や善人を求める奴は、殴りたくなる。
目の前にいるリコだって、腹の底で何を考えているかわかったもんじゃない。
だから俺は、あえて冷たく接するしか無いんだ。
「お前。それ作ったら帰れよ」
画面の向こうの彼女に対して、俺はずっとファンだった。
画面越しなら、平等だからだ。
だが実物の輝竜リコに対して、俺は辛くあたってしまう。
本当は、優しくしたいのに。
リコはおたまで鍋を混ぜながら、不思議そうな顔をした。
「なんで? 今日はオフだから泊まるまる予定だよ?」
俺は正直に自分のことをうちあける。
もう帰ってほしかったからだ。
「俺ははっきりいうが。女って奴が嫌いだ。約束は破るし、金がない奴はゴミ扱い。挙げ句の果てに他人の男のために人を騙す。うんざりなんだよ」
20歳、25歳、29歳のときのことをリコに打ち明けた。
リコはつぶらな瞳で俺をみていた。
俺のみっともない告白にリコは……。
「鬼神さんは、悪くないよ」
神殿で抱き合ったときのように、幼いメスガキめいた顔立ちで、聖母のようなことを言ってのけるのだった。
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