第11話 神殿にて。


 腹筋、固ぁいね。

 歴戦なんだねぇ。


 え? もう十年も?

 ざぁーこ! ざぁこ。


 ごめん、うそ、うそです。ひゃっ――


 神殿の影でたき火の影に照らされながら、俺は輝竜リコの白い肌を引き寄せていた。

 俺にはまだ猜疑心がある。彼女の言葉は嘘なのだと、好意は嘘なのだと、自分に言い聞かせる。


 自己防衛で俺に優しくしているだけだ。

 女とはそういうものだ。


 俺は自分の〈追いやられた人生〉への恨みつらみを思いながらも、彼女を俺のものにしようと指をまさぐる。


 わかっている。

 彼女の肉体を好きにしたからって、俺のものにはならない。


 わかっている。

 人生の恨みを彼女にぶつけたところで何にもならないことくらい。


 

 ――うそでも、いいからさ――。


 リコが俺の耳元で囁いた。


 ――愛してるって言って欲しい。


 ――嫌? 嘘になるから?


 ――ううん。嘘でもね。いいの。


 ――形だけでも重要だよ?



 愛してるなんて、いえるか。

 俺は迷宮の中腹で彼女を犯しているんだ。


 残酷だってわかってるさ。

 そこに愛など、あるものか。


 どうせこれが終わったら、関係など終わりだ。


 命を救ったからといって。

 善いことをしたからといって。



 許されるのは、俺のような人間じゃない。


 善意なんてものに価値はないんだ。

 

 人を救うことさえ、許されるのはイケメンか、影響力のある奴だけ。


 俺のようなおじさんは、誰かに関わったというだけで蔑まれ、おかしなことをしている女を汚していると、レッテルを貼られるだけだ。


 こうした思考は、捻れたものだろうか? 

 いいや。違うね。明確な現実だ。



 なぜなら俺は、会社の同僚達がいかに報われなかったかを知っているからだ。

  


 リコの断末魔が迷宮の神殿にこだまする。

 暗闇の中で歯を食いしばる彼女に、俺は容赦を与えない。


 彼女を助けるものは誰も居ない。

 かつて彼女の命を救った俺は、今は彼女の心を奪おうとしている。



 子供ができるかもしれないが知ったことではなかった。


 俺の人生は基本的にどこまでも終わっている。


 会社を左遷されたあげく倒産。

 金もなく未来もない。


 強さを手に入れたからと言って、人生は何も変わらない。


 ――好き。


 嘘をつくな。


 ――好き、好き、しゅき、


 嘘を……。



 俺の中で、何かが溶ける。

 煮えたぐっていたマグマが落ち着き、和らいでいく。



 輝竜リコは、俺の生け贄になっている。

 声優でインフルエンサーが俺の腕の中にいる。


 生殺与奪の権利を俺に明け渡している。


 彼女の血が神殿の床に散っていた。

 神をまつっていた場所で、俺は冷たい眼で、泣き顔の彼女の肩を引き寄せた。

 


 ――いままで、勿体なかったんですね。


 なにがだ?


 ――運が悪かったんですよ。あなたは悪くない。


 殺すぞ?


 ――じゃあどうぞ。殺してください。殺せるものならね。私を殺すってことは、あなたは自分の半身を殺すことになるんですよ。


 俺の半身?


 ――あなたは口はとても悪いけど。今だってちょっと怖いけど。やってることは、私が必要としていたことだったから。


 君が、俺を必要?



 ――好きぴなのも。愛しているのも、一過性の現象でしょう。でも永遠に好きぴで、愛することなんかできないから。人は忘れられない思い出を求めるんです。忘れられない思い出は時にトラウマにもなるけれど。あなたとの時間は、いいことだけでした。



 彼女の眼は、俺の心の奥底を覗いている気がした。

 それは、とても誠実なことで……。


(わかっている、さ)


 俺は苦しい人生のあまり、心がねじ曲がっている。

 だが輝竜リコもまた、俺の捻れに合わせてくる。

 ねじ曲がった俺に、ちょうどいい言葉が絡み合ってくる。



 ――だから甘えていいんですって。命を救われたんだから、好きにしていい。でも一回は、一回だよ? 一生脅されるとかは嫌だから。



 聖母の口調になったり、生意気なメスガキの上目遣いをしてみたり。

 そんな彼女の万華鏡のような表情が、薪の火に照らされる。


 俺に殺される可能性さえあるのに、不敵な笑みを浮かべていた。



「わーってるよ。俺だって役得だってしか思ってねーよ。一回は一回だろ。後腐れなしだ。俺はラッキーを拾った。だから十分なんだよ」

「ええ。そうです。だからお互いに。さっぱりしていこうよ」


 俺の中の怒りは消えている。

 リコは俺がいままで出会った女とは違った。


 忌避の眼差しもしない。

 ないものとして扱わない。

 ちゃんと、向き合ってくれた人だった。

 向き合ってくれる人なんて、初めてだった。


 たった一度でも。

 こんないい女を抱けるなんて、十分じゃないか。


 彼女が俺から離れたとしても『一度きりでいい』とさえ思えた。

 いや、違うな。

 

 一度きりじゃなきゃいけない。

 こんないい女。俺には勿体ないからだ。


「おもしれー女」

「私のセリフです」


 迷宮の奥地にて俺は、今をときめく声優インフルエンサーを、自分のものにした。

 子供ができたかもしれない。それほどのすさまじい感触があった。


 この日が俺とリコの〈始まりの日〉だった。 だがまさかこれをきっかけに、あんなことになるなんて……。


 ぴこん、ぴこん、ぴこん……。

 通知がなり止まないようだが、なんだろう?



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