完全超越した僕と、唯一なにもわからない彼女 - 頭の中のホムンクルス -
ぽぽぽぽぽんた
完全超越した僕と、唯一なにもわからない彼女
丈晴は危険に巻き込まれ、対処することを決断する
第1話 欲しいもの
「欲しいものは手にはいるよ。私が保証する」
見慣れない制服を着た少女が言った。
普通の少女だ、と思ったのだけれど、同時に強烈な違和感を覚えた。なんだろう、と思案すると似た感覚のものに行き当たる。
マネキンとか、3Dアバターとか、そんな毛穴のない作りもののような繊細さ。
長い黒髪も、大きな瞳も、小さめのツンとした鼻も、美少女とはこうなんじゃないかという要素を詰め込んだような少女だった。小首を傾げる様は華奢な体格と相まって、まるで壊れたマリオネット。
色素の薄くて長い髪に、赤みがかった瞳は少し北欧の血でも引いているのかもしれない。
セリフはまるで神……というよりは詐欺師。
欲しい物が手に入る?
それは……お金? 彼女?
それとももっと特別なものだろうか。いまどきインフルエンサーが紹介するイオン水だって保証は付いていない。
それがこの人形のような少女の名前だ。先週平家丈晴(へいけたけはる)のクラスに転向してきた少女はまだ新しい制服の用意さえなく、少年と話したこともなければ他のクラスメイトと話している様子さえ見ることはない。
なぜ自分に、だとか、そろそろ学校に近いからあんまり目立ちたくないな、だとか。
急になんだよそのセリフは、だとか。
さまざまな感情が渦巻く中で、少女は口元をかすかに歪めた。小さな笑み。しかし凄絶な笑顔。
ちょっとしたことではある。
でも、通学中。通学中に、ほとんど関わりのない少女に突然話しかけられるというかすかな非日常。
それは、丈晴の目を惹きつけるには十分だ。
何を話そうか、と思案を巡らせたところでそれは起こった。
パッと、少女が消えた。
いや、消えたというにはあまりにも物理的に。
少女が連れ去られたのだ。
茶色っぽい服を着た大柄の男が、少女にタックルするように腰に組みついてそのまま肩に抱えて走っていった。
なんだ?
丈晴は混乱し、そして何やら事件が目の前で起きたことに思い至る。
「ま、待てっ!」
すぐに走って男を追った。住宅街から抜けた人通りのない袋小路。少女を抱えた男よりも、身軽な丈晴はすぐに追いつめた。男が少女を乱暴に道に落とすと、彼女は「きゃ」と小さな声をあげた。
「なんだガキが。帰れよ」
ラグビーでもやっていそうな体格の男だった。ただし坊主頭はスポーツマンというよりはヤクザだ。
「いやいや、待ってくださいよ。どんな目的で、彼女を?」
刺激しないように、丈晴は優しく声をかけた。
いうと、男はベルトに差していた刃物を抜いて、長い刀身を少女に突きつけた。少女は動かないし、悲鳴さえあげない。
「言う必要はない。いいか、おまえは何も見なかったんだ。わかるか? わかるなら行っていい。今なら、そういうことにしてやる」
どうして朝からこんなことに。
人通りのない袋小路。とはいえこれだけ派手に動けば目立つに違いなく、振り返ると壁の外から覗いている人もいた。
無計画か、それとも多少見られていてもこの犯罪行為は問題ないとでも言うのか。
丈晴はポケットからスマホを取り出した。
「おい、おまえ! 警察は呼ぶな。呼んだらこいつをーー」
「いやいや、警察を呼ぶのはあなたですよ。だって後悔してるでしょ? 『今突発的に犯罪行為をしたこと』を」
丈晴は電話アプリを開いて男に放り投げた。男はそれを驚きとともに受け取る。
握り潰さんばかりにスマホを握りしめ、男は怒りに震えていた。
「おまえ、どういうつもりで……ん……?」唐突に、男の表情から険が取れた。「……ああ確かに。後悔してるんだ。止めてもらえてよかったよ」
男の指が自然と動き、スマホの操作を始めたのだ。まるで憑き物がとれたかのように力感のない動作。
男は刃先をくるくると見つめた。
男は警察に電話し、この場所の住所を伝えた。
そしてスマホを少女に渡した。
さらには、急に自分のベルトを抜き取って少女に言った。
「これで、手首を縛ってくれる?」
少女は立ち上がり、お尻をぱぱっと払った後に、男からベルトを受け取った。そして、言われた通り男の手首をきつく縛る。
「ほら、行っていいよ」
少女はまるでランウェイを跳ねるように美しく、堂々と、丈晴の元に歩み寄った。少女から見た丈晴は、まるで蝋人形のようにただ立っているだけだった。
立ち尽くす少年に、少女はスマホを差し出す。
すると、ふわっと力の抜けた丈晴は正気を取り戻し、少女からスマホを受け取った。
次第に近づいてくるサイレン音。少女が振り返ると、男が「ん? なんだ?」と混乱している様子が見てとれた。
「なんだかよくわからないけど、反省して自首したみたいだね」丈晴は少女の手を引いて歩き始めた。「あとは警察に任せちゃおう」
人通りの多い通りへ出るとそこにはいつもの喧騒。
「さっきのあの男、まるで喋り方があなたみたいだったわ」
なんの動揺も見せない少女を、丈晴は見つめた。
「……わかっていて、近づいてきたのか。まぁ、そうだよね」
小首をかしげる様がわざとらしく、丈晴は頭を抱えた。
「どうかしら」
食えない返答に頭を抱えるが、起きてしまったことに後悔は先に立たない。
ふっと息をはいて「とにかくさ」気を取り直し、丈晴はまっすぐ少女を見つめた。
ため息をつくほど整った造形。本当に美しい少女だ。
丈晴はあえて傲岸に言う。
「割とさ、世の中って思い通りになるんだ。僕にとって」
「ふふ、すごいね」
「だからぜひ、聞きたいんだよね。君は、僕を引き止めて偉そうなことを言ったと思うんだけど。
『欲しいものは手にはいるよ』って」
永遠に続くと思われる平穏と、期待通りに進む世界。
それであれば。
「僕の欲しいものって、何?」
すると、少女は悩むように空を見た。相変わらず作り物の表情を浮かべて。
答えられやしない。当然だ。
なぜなら丈晴は思う。
僕が欲しい物など、何一つないのだ。
そういえばこれから学校に行くんだったなと、丈晴は思い出した。
絶冬華は呟くように、独り言を言った。
「へぇ、わからないんだ」
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