アイドール・ミーツ・ガール

イツミキトテカ

第1話

 天野家の朝食はたいていトーストだ。


 バターをたっぷり塗ったトーストにマーマレードをどっさり塗るのが最近の私のお気に入り。マーマレードは苦い気がして、昔はそんなに好きじゃなかったけど、この春から私だって中学2年生。

 早起きして髪もセットしたし、制服だって可愛く見えるように工夫して着こなしている。

 もう「お子ちゃま」だなんて言わせない。


 キッチンでは、ママがせっせとパパとお姉ちゃんのお弁当を詰めている。パパは食後のコーヒー片手に新聞を読み、お姉ちゃんはまだ夢の中。

 いつもの朝と何ら変わりのない光景。


 私はしゃなりと背筋を伸ばし、テレビのニュースを聞くともなしに聞きながら、優雅に大人味トーストを口に運んだ。


 アナウンサーのお姉さんの声が心なしか沈んでいる。


「心配なニュースが入ってきました。大人気アイドル、城風しろかぜひかるさんの行方が分からないとのことです」

「ブフォっ…!?」


 サクサクのトーストが喉に詰まる。

 く、苦しい…!

 咳き込みながらマグカップに手を伸ばした。


「あっつ!!」


 ココアあっつぅーー!!

 あまりの熱さに飛び跳ねた。反動でスカートに少しココアを零してしまった。「あらあら」とママが濡れ布巾を持ってやってきた。パパが新聞の横から心配そうに見つめている。


 あーもうサイアク!

 せっかく優雅な大人の朝だったのに!


「良かった、火傷にはなってなさそうね。しばらくこの布あてときなさい」

「うん…」


 ママに言われたとおりスカートの染みを布で抑える。


 朝から心が折れてしまった。

 なんだかもう、今日はやる気が出ない。


 椅子にもたれながらだらしなくトーストをもしゃもしゃ食べる。テレビにはピースしながらウインクする城風光の写真が映っていた。


 今、日本で一番輝いていると言っても過言ではないアイドルグループ「ブエナヴィスタ」。城風光はその中でも一番人気のメンバーだ。彼に付けられたキャッチコピーは挙げればきりがない。


 国宝級イケメン

 天使の歌声

 驚異の八頭身

 1億年に一人のアイドル

 黄金比率の男子

 天から授けられし禁断の果実

 世界遺産級イケメン…などなど


 ちなみに、私は光よりも浜砂はますなみどり推しだ。光の横だと霞みがちだが、翠だって女の子のように綺麗な顔をしているし、何より、一挙手一投足から性格の良さが滲み出ている。人間やっぱり中身が大事!


「所属事務所にも連絡はきていないとのことで、近く警察に届けを出す予定とのことです。続いてのニュースです―」


 私は足元の通学カバンに視線を落とした。


(「警察沙汰になってるじゃん…」)


 え…どうしよう。考えただけで憂鬱だ。憂鬱がてらスカートのあて布をそっと外すと、初動が良かったようでココアの染みはすっかりキレイに消えていた。少しだけ気持ちが浮上してくる。


 デザートのイチゴを2つ掴み、カバンをそっと持ち上げ、玄関に向かった。


「行ってきまーす」

「「いってらっしゃーい」」


 ママとパパがハモるのを背中で聞きながら、相変わらずの仲良しっぷりについ笑顔になってしまう。

 実は、二人は私の理想の夫婦だ。いつかは私もこんなふうに誰かと素敵な結婚生活を…へへへふふふ。


 イチゴを1つ口に放り込むと甘酸っぱさで身悶えた。もう1つはカバンの隙間からそっと中に差し入れる。すると、人形のように小さく白い腕が伸びてきてイチゴをカバンに引き入れた。すぐにカバンの中から小さな声が聞こえてくる。


「ヒナ、酸っぱすぎるぞ」


 カバンの隙間から人形のようにきれいな顔がこちらを不満げに見ていた。

 その顔はついさっき見た顔とおんなじだ。

 ついさっきどころかなんなら彼をテレビで見ない日の方が少ないのだ。

 だって彼は今この世で一番人気のあるスーパーアイドルなのだから。


 彼の名前は城風光。

 行方不明のはずのスーパーアイドルは今私のカバンの中にいる。


 …まずは私とミニチュア光の出会いを説明させてもらいたい。

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