To arch

torch “古き神の終”

 ぼんやりと明るくなった空間をゆっくりと進む。

 ポツン、ポツン。

 水の滴り落ちる音がこだまする。


 暗がりの中に人影が一つと、岩盤にしゃがむ人型のぼやけた光が一つ。

 パチパチと光の中で弾ける音が聞こえるのを他所に人影は光を優しく見下ろしていた。

 鈍色の瞳を潤わせた少女が立っていた。

 形は人間だが、人間とは決定的に違う尖った耳。


 彼女は、長命種のエルフ。 

 長い間、苦楽を共にしてきたが彼女は少し背が伸びただけだ。


「貴方は、ずっとココで眠るつもりなの?」

 影の問いに、光はコクリと頷く。


『オレは……もうすぐ人に忘れ去られる。忘れ去られちまえば力は無くなって、消える。その時まで、ここで……』


 弱々しい光に照らされた彼女は口を結んで、哀しみ浮かべた瞳を光に向けていた。

『そう悲しむなよ。いくらお前がエルフで長命であろうと別れは必然。お前は祭司の役割を下ろされた。だから……別れるだけさ。死ぬわけじゃないだろ』


『まるで死に伏す前の獣みたいだと、お前は言うのだろう?今のオレを見てお前はそう思ったはずだ』

 まるで諦念したかのような静かな声だった。

『いいんだ。それでいい。だからもう、さよならだ』

 声が、僅かに震えていた。


「分かった。あなたがそう言うなら」

 彼女はゆっくりと踵を返し、元来た道を戻ろうと歩み始めていた。

「……さよなら、イグニス。いい出会いに恵まれるように」

 震える声を抑えながら、別れを告げる。

『ああ、お前もな。ラクス』


 彼女は振り返って光が寂しそうに佇んでいるのを見た後、顔を逸らし洞穴から消えていった。

『ハァ……またひとりぼっちか。もうかれこれ500年も共に過ごしてきたが……いざいなくなると寂しくなる……』

 暗闇の中でポツンと光だけが残った。

『まぁ、俺もここらで終いという訳だ。目的が無い以上、何したって無駄だからな』


 そう言って彼は長い眠りに着いた。


 ——何百回目の太陽だろう。

 曙と暁をこの穴の上で何度も眺めた。

 青く澄み渡る空も、煌めく星々も何度も眺めた。


 彼の名はイグニス・イフリトゥス・エン・カラミティ。

 炎神イグニス。

 紅き鷹、剣の王、夜明けを司るもの、開闢の導き手とさまざまな異名を持つ太古世界の最高神はいま、洞穴で寂しく惨めに一人で終焉の時を待っていた。


 彼がこの地に落ちた理由は他神による謀反。堕天したとある神の策略により最高神の座から引きずり下ろされた。

 だが、彼はそれを時代の終わりだと捉え、拒む事なくこの世界へと落ちた。


 それが約2000年前の事。

 コレまで出会ってきた祭司と共に存在の維持はなんとか繋ぎ止める事が出来た。

 特に、最後の司祭であったエルフのラクスには何度助けられた事だろう。

 彼女は、イグニスの生き様を記したいとさまざまな書物を描いた。

 イグニスの過去の栄光、幾度となく伝説に刻まれた神話とも呼べる冒険譚。

 例え、その話が真実と思われなくともそれが彼の存在を繋ぎ止めている。


 ただ、人間による信仰心は当然の事ながら消え、彼は無力となった。

 かつての最高神の面影は全くなく、ただの光として洞穴に佇み続けた。


 

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