Be a star

Awaking “狂(ケモノの王)”

 港区、六本木にて。


 日差しが照りつけるコンクリートの大地の上に一体のが立っていた。

 二足で立ち上がり、姿を1秒ごとに変容させている。


 狼、虎、猿、鷲、獅子、山羊……

 貌が四肢が瞬時に移り変わるその姿はまるで靄のようにも見える。

 貌や身体は変わろうとも、二足で立つ事は変わらなかった。

 何故ならば、それは王であったから。

 全ての獣を従える力を持った獣の王という概念的存在だから。

 

 それでも、獣の王は人にはなれない。

 それ故に姿は人に似つかない不完全なものだった。

 まるで、人の形を模した人の模造。

 いくら王であろうと獣は人に成れないという証明。

 しかし人王にはない、王であるが故の宿命というものを秘めている。

 

 それを知った上で獣の王はこの地、東京に立っていたのだ。

 乾いた風に乗って砂埃が舞い上がる。

 そして、鋭い殺意を感知する。

「———!!」

 ただの人間には感知できない距離、既に振り返ったのが正解だった。


 遥か彼方の地平線から一本の剣が駆ける。

 骨や牙を継ぎ接いで作られた白い剣。

 獣はそれを掴まえる。


 (敵か……)


 ギロリと、後頭部にて見開かれた鷹の眼が剣の現れた方向に視線を向ける。


 遥か数キロメートル先、高層ビルの上に立つ一人の戦士。身体の内に秘められる膨大な魔力量。


 白く輝く極光の剣。

 赤く煌く業火の剣。

 青く迸る迅雷の剣。

 計12本の姿の異なる聖剣が戦士の周りを守護しているかのように漂っている。

 

「成程……

 パキリと白い剣を素手で砕く。

 剣の残滓が地面へと落ちていく。

 同時にさらにもう一本の剣が大地を走る。

 剣を砕いた手の甲で弾く。

 その先に、幾つもの剣がまるで流星群の如く家屋の上を駆けていた。

 感知される魔力量からして全てが聖剣、魔剣級。

 ただの人間には扱えることすらも不可能。


 そして、その所持者も人間ではない。


 12の聖魔の剣、そしてあらゆるモノを剣に変える力……【剣神】が顕現したというのか。


 獣の王は、襲いかかる剣を余すことなく全て壊し砕く。

 一つ残らず全てをへし折り、潰す。

 一つでも逃せば、それが致命になりかねない。

 最後の一本が飛んでくる。

 それを渾身の一撃で打ち壊す。

 その瞬間だった。


「フレイムブラスト!!」

 どこからか炎の玉が飛んでくる。

「サンダースピア!!」

 雷の槍が空から飛んでくる。


 獣の王はそれを拳で弾く。

 炎と雷は振り払われた拳に打ち消されていった。

 しかし、獣の王は思わぬ横槍に困惑してしまう。


 「まさか……」

 いや、そのまさかだろう。


 アスファルトが埋まるほどの人、人、人……年齢、性別、人種問わず交差点の周囲に群がっていた。

 歩行者ではない。

 その全てが、獣の王を囲んでいた。


 全てがなのだ。

「理を覆す者……我らに仇名なす存在か」

 人の形に留まりながらも、変容していく姿。

 その身体の内に殺意が混じっていく。

「殺すべきならば……確実に殺す。それ即ち原初の宿命」


 日が翳る。

 空を焼き、空を黒く焦がす。

 魔力量の上昇。

 感知した周囲の異能者が後ずさる。

「どうした。我は獣の王。汝らの力に応えられるのは王としての矜持。誰からでもかかってくるがよい」


 挑発。

 直後、多種多様で色彩鮮やかな魔術の数々が獣の王に向かって降りかかる。まるで魔術の流星群となって、落ちていく。


 しかし、獣の王はいたって冷静なまま、空を見上げていた。


「それで良い」

 獣の王は一歩、踏み出す。

 すると、どうしたことだろうか。

 アスファルトの上からぽつぽつと緑が芽吹き始めたではないか。


 若芽は急激に成長し、獣の王が歩いた足跡からが花が咲き、木が伸びる。

 一歩ずつ、王の後ろで森が生まれる。


 アスファルトから伸びていく木々が空から落ちてくる虹色の色彩を受け止めていく。


「王として、獣を導く者として……」

 獣王の手中にて剣が紡がれていく。

 屈強な脊髄と猛々しい牙を毛皮で縛りつけただけの粗雑な剣が。

 徐々に様々な獣の牙や爪や角が脊髄の剣身を包んで、剣身を伸ばしていく。


「いざ——喰らい尽くさん」

 駆け出す。亜音速に達したまま周囲の転生者を一人ずつ形を造り続けていく剣で斬りつける。

 一、二、三……


 未完成の剣が次々と異能者達の身体を滑っていく。

 的確に急所を斬って次々に屍を積んでいき、剣を造っていく。


 斬撃に次ぐ斬撃。

 荒々しい剣戟は、襲いくる人々を喰らっていく。

 突き、刺し、斬り、抉る。


 たったそれだけの繰り返しで、交差点に集まった戦士たちを蹂躙し尽くしていた。


 ——たった一人。破壊されたはずの十二の剣を漂わせ、静かにその惨状を見つめていた神を除いて。


 思えば簡単な事だった。

 至極、単純な事だった。

 それなのに、疑問にすら思わなかった。

 

 彼を最後に残したのが。その事を理解できていなかったのだ。


「なるほど、いくら人に成る事ができずとも剣術の模倣は出来るのか。さながら低脳な怪物が武器を振るように」

 周囲を漂っていた十二の剣が戦士の後ろに整列する。

「だが貴様の織りなす剣はただの雑兵……所詮は剣に振られるだけの存在」


 十二の剣の中から、一本の剣を手に取る戦神。

 剣先を獣の王に向けて中段へと静かに構える。

「畜生に叩き込んでやる。オレの剣術の極致というものを」

 ただ冷静にその言葉を吐いて、駆けた。


 日が沈んでいく。

 同時に両者の剣が振られていた。


 結論から言えば——獣の王は負けた。

 戦士の剣術に為す術なく斬られたのだ。


 当然の事だった。

 獣の王が振った剣は悉く躱されて、一方的に聖剣の斬撃を幾度も見舞われたのだ。


 逃亡は獣の王にとって屈辱でしかなかった。

 聖剣にどんな力があったのかは解らないが、力を削られた。

 致命傷までにはならなかったものの身体中が傷に覆われ、血に塗れている。

 

 逃げた。王は逃げ続けた。

 逃げ続け、東京の中を彷徨っていた。

 王の形はただの獣となり、影の世界でひたすらに逃げる日々を送っていた。

 

 一人の少年と邂逅するまでは……

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