第11話・魔女
魔女。ホウキに乗って空を飛び、虫やカエルを煮込んだおぞましい色の汁を、火に掛けた大釜の中でかき混ぜる。姫に毒リンゴを売りつけ、魔法や魔術で悪事を企てる。御伽噺では、何かと悪役にされがちな存在。
現在から少し昔では、架空の存在として認知されてきた彼女達だが、その昔、『魔女狩り』と呼ばれる私刑が現実に存在したという。もっとも、あれは魔女と言う言葉が独り歩きして、罪も無い女性を私刑に掛けるという凄惨極まりない物だったが。
だが、もし、本当に魔法を操れる女性が、現実に存在するとしたら。
もし、その生き残りが、まだどこかに潜伏しているとしたら。
もし、その魔女と言う存在が、魔法によって、永遠に近い命を手に入れているとしたら。
その三つの『もし』をすべて満たしているのが、今、鷹人の前に立っている『セラ』と言う女なのだった。
「ファルクス・ニオ!」
空気すらも痺れさせるような覇気に満ちた声が建物中に響き渡る。瞬間、セラが打ち付けた杖を中心にして、半円状に『斥力の膜』の様なモノが出現した。チンピラ連中持つトカレフから発射された弾丸は、その膜に衝突し、グシャリと潰れて空中で停止する。
発砲炎が止み、チンピラ連中が握るトカレフの弾丸が切れた。遊底が開き切った、ホールドオープンと呼ばれる状態で停止し、騒がしい発砲音がシンと止んだ。
向けられた銃口が、一丁また一丁と下を向いていく。チンピラの一人が「何だ……? どうなってんだ……?」と呆然と呟いた。目の前の光景が理解できないらしい。
「……助かった」
「なに、こんなの朝飯前さ」
鷹人が額の汗を拭いながら言うと、セラは彼の方を振り向かず答えた。「さて」と呟くと共に、彼女が杖を持ち上げると、膜が消失し、へしゃげて弾丸だった面影すら残していない無数の鉄塊が地面に落ち、バラバラと音を立てた。
「君らに一度だけチャンスやろう」
手の内で杖をひらひらと回しながら、セラは自身を囲うチンピラ連中に言い放つ。
「その子らを解放して、警察に自首するんだ。そうすれば、痛い目を見ずに済む」
挑みかかるようにも、挑発をかますようにも聞こえる声でそう続ける。
「フンッ」と鼻で笑う声が、チンピラ連中の内から上がった。その途端、セラは交渉決裂を悟ったようだ。右手の杖を脇に挟み込み、先に付いている水晶玉を下に向くように、手首を捻り、下から抱え込む様に持った。
まるで、槍使いの様な構えだ。
彼女が戦闘態勢を整えるのと同時に、チンピラの一人が雄叫びを上げ、遊底部分を持った拳銃を頭上に振り上げた。大口を開いて唾を撒き散らしながら、銃把の部分でセラの頭をカチ割ろうと突進する。続く数人のチンピラが、同じように拳銃を逆に持って、半狂乱にセラの方へ駆け出した。
呆れたように溜息を付き、セラは左の掌を口の前に持っていく。大きく息を吸い、フゥと息を吹き出すと、まるで手品のように彼女の口から炎が噴き出した。
第二次大戦時に使用された火炎放射器と相違ない威力の炎が、彼女に襲い掛かったチンピラ連中を包む。地獄の底で響き渡っているような叫び声を上げながら、炎に包まれたチンピラ数人が地面をのたうち回る。
「ハハッ! 燃えろ! 苦し――」
「セラ、R指定だ」
鷹人が言い、再装填を終えたリボルバーを建物の屋根に向かって連射した。三五七マグナムの弾丸がトタンの屋根を突き破り、その上に設置されていた、錆び付いた給水タンクに穴を空けた。
円を書くように撃ち抜かれたタンクの鉄板が、内部からの水圧に耐えられず決壊する。直径十五センチほどの大穴がタンクの横腹に開き、そこから流れた濁流が、トタン屋根の隙間から、滝のように、燃えるチンピラ連中の上に流れ落ちた。
水が水蒸気へ気化するジュゥゥと言う音と共に、チンピラ連中の身を焦がす炎が消える。
「何だ? 暴力的なのは嫌いか?」
「俺じゃなくて、あの子達がな」
横目で見返してきたセラに対し、鷹人が部屋の隅で震える女児達に視線を向けて答える。眉を上げ、「そうかい」とセラが答えた時には、彼は撃ち切ったリボルバーの再装填を既に終えていた。
「なら、少しレーティングを下げてやろう」
セラは胸の前で杖を横に持ち、左手で水晶体から何かを伸ばすような動作をする。
「リズラ・ヴィェラ」
瞳を閉じ、そう呟くように言うと、バチバチッと言う音と共に、水晶体から青白い電流の刃が鋭く迸った。辺りの乾燥した空気の中にイオンが流れ込み、稲光が細く血走る。
「それ、審査通るのか?」
「あぁ、少なくとも死ぬことは無い」
「上等だ」
セラが言い、鷹人は右手の銃を突き出して、撃鉄の後ろへ左手を添える。
「さて、連中を歓迎してやろう」
「本来、される側なんだけどな」
得意げに言った二人に対し、チンピラ連中が怒号で答える。
そこから四十秒ほどの間、小さな港の辺鄙なコンクリートの建物の中から響くこの世の暴力すべてを詰め込んだかのような轟音が、辺りを支配していた。
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