第10話・突撃

 ミリタリージャケットに、トレンチコート。どちらも港で働く人々が身を包む作業着と比べれば、かなりカジュアルで、お洒落な格好だといえるが、その分目立つ。事実、港ですれ違う作業員が、よそ者を見る時の視線を向けてきているが、二人はそれを気する様子もなく、堂々と港の中を進んだ。


 人気のない建物に近づき、セラは外壁に手を当てる。


「……違う」


 その状態のまま、少ししてから彼女が言った。途端、興味を失ったようにその建物から離れ、少し離れた位置に建てられている灰色の建物に手を当てる。


「……ここもか」

「さっきから何してんだ?」

「見てわからないか? ワンボックス車の連中を探しているんだ」

「わかるもんか」


 吐き捨てるように言った鷹人に対し、セラは何も言わず、さっさと別の建物に向かう。コンクリートの外装に、サイズは周りの建物より一回り大きい位。ほかの建物のは、窓から漏れ出た照明から人の存在を予想できるが、その建物の窓からは一筋の光も漏れ出てきていない。


 静かな建物だった。静かすぎるくらいだ。外から見て、人の気配すら感じない。


「匂うな」

「鼻が利くんだな」


 鷹人の前を歩きながら、セラは口を尖らせ、「ブ~」と喚いた。面白くない、と言いたいらしい。鷹人はそっぽを向き、口笛を吹く。


 セラがその建物に手を当てる。少しして、彼女は閉じていた目をパッと見開いた。


「ここだ!」


 途端、鷹人が腰に差したリボルバーを引き抜き、両手で銃把を保持し、銃を構える。右手でしっかりと銃把を握り、左手で右手を覆う、実戦的なアイソセレス・スタンスという構え方だ。本来、半自動セミオート拳銃向きの構え方なのだが、銃を扱いなれている彼なら、どんな銃をどんな構えで持ってもそれらしい構えに見えてくる。


 もっとも、手に握っている銃の基本設計は、百年以上前の西部開拓時代の物をベースとしているので「コレジャナイ」という感じが強い。動作方式が半自動とは程遠いシングルアクションオンリーの拳銃であることも、その違和感に拍車を掛けている。


「中はどうなってる?」


 一転して、鷹人の声が低くなる。臨戦態勢の時、戦いに挑む際に彼が発する声だ。


「子供が七人いる。周りにいるのは……チンピラだな。覚えてるか少年? あの少女を助け出した時にいたような奴らばっかりだ。人数は――」


 そう言いながらセラが振り返った時、鷹人はすぐ隣に設置されていたアルミ製のドアをタックルで突き破った。威勢良く銃を構え、建物の中にいるチンピラ連中に向け、銃口を突き付ける。


「おい! バカ――」

「うわ、やっべ」


 突き破ったドアの外から鷹人の背後を覗くセラが叫ぶのと、彼自身が息を詰まらせたのはほぼ同時だった。


 セラが告げた情報に間違いはなかった。おそらく誘拐されてきたのであろう女児たちとチンピラとが建物の中に揃っている。が、予想外だったのはその数だ。チンピラ連中の数、およそ二十人近くは居る。とても、装弾数六発のリボルバー拳銃で事足りるような数ではなかった。


「あぁ!? んだてめェ――」


 チンピラの一人が叫んだ。同時に、そのチンピラへ向け、鷹人が両手で構えた拳銃を発砲する。致命傷は避け、弾丸は肩にブチ込んだ。


 突然の銃声に固まったチンピラ連中に、彼は容赦せず二発目を発砲した。肩を抜かれ、もんどりうって倒れたハゲのすぐ隣にいた、タンクトップのマッチョの耳を弾丸でもぎ取る。


 その直後、銃を認識したチンピラ連中が、自分たちのズボンの内側に隠した得物を取り出し始める。が、鷹人はここにも自身の考えに誤算があったことを思い知らされる結果となった。


 連中が取り出してきたのは、黒光りするTT-33トカレフピストルだ。ロシア製の古く、今となっては粗悪品といわれる拳銃ではあるが、殺傷力は十二分にある。そして、装弾数は鷹人のリボルバーより二発も多い。


 それが、チンピラ連中全員の手に握られている。


 マズイ。


 鷹人の頭の中を、その三文字がよぎった。すぐさま構えを腰だめの位置に変え、ファニングショットで弾丸をばら撒く。が、シリンダーの中に残っていた弾丸は四発。絶体絶命の状況にあってもなお彼の射撃精度はすさまじく、四発全弾を致命傷にはならない位置で、かつ、敵を一撃で無力化できる位置を的確に打ち抜いた。


 が、質より数だ。弾を撃ち切った銃は、再装填が必要になる。


 鷹人に向く銃口の数は、いまだに二桁を下っていない。それらすべてから発砲された暁には、彼の体はすりつぶされ、原形が残るかどうかすら怪しいほどの数だ。


 すぐさま、彼は地面を転がった後、片膝立ちの状態でリボルバーの再装填を開始する。動揺を感じさせない正確さとスピードだったが、敵の銃はすでに攻撃態勢が整っている。


 どれほど早く再装填をこなしたとして、確実に連中の方が早い。


 「やられる」と鷹人は頭の中でつぶやいた。連中がこちらに向ける幾つもの銃口が、眼前に迫って見えた。トカレフの撃鉄が落ち、発射炎がいたるところでブワッと噴き出してくる。本来なら、肉眼で認識できない速度で終わるはずの銃の射撃動作を、スローモーションの映像のように、ゆっくりと認識することができた。


 次に見えるのは走馬灯だろうか。ふと、目の前の状況を受け入れて、そんな思考ができている自分に失笑すら覚える。


 だが、次に見えたのはではなかった。


 左側で上がる、怪しげな紫の光。その光と共に、セラがこちらへ掛けてくるのが見えた。光の正体は、彼女の左手に発現した魔法陣から放たれたものだ。


 その魔方陣へ右手を突っ込み、彼女は中から何かを取り出している。


 杖だ。持ち手の頭に水晶玉の付いた、魔女が使うような杖。


 あぁ、そうだ。と鷹人は思った。自分が今、タッグを組んでいるこの女の正体。


 彼女は、正真正銘の魔女だったな。


 セラは取り出した杖と共に鷹人の前に立ちふさがり、杖の先で地面を打ち鳴らす。


!」


 




 

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