第7話・外部協力者
「それで、君はどこに違和感を感じたんだ?」
セラが、正面に座る鷹人に言う。木のテーブルの上に両肘を付き、手を組みながら眉を上げ、「考えを聞かせてくれ」と目で訴えた。
「思い返してみれば、腑に落ちない事ばかりだったような気がするが、帰り際のあれで一層違和感が増した」
「手を引いて、出て行ったあの時?」
「そう。あの状況じゃ、あの子は死んでてもおかしくなかった。にもかかわらず、あの母親は一度抱きしめただけで、そのあと手を引いてさっさと事務所を出て行った」
「確かに、そっけない感じはしたな」
セラはポツリと呟くように返し、テーブルの中央に置かれた箸立ての中に、無造作に突っ込まれていた割り箸を一本引き抜く。慣れた手つきでそれを二つに割り、お互いをこすり合わせてささくれを落とす。
「でも、本当にそれだけか?」
両手に持った箸一本ずつを日本とも鷹人の方へ向け、セラが言った。どうも、少女が去り際に鷹人に向けた意味深な視線を、彼女も見ていたようだ。
「……あの目。母親に手を引かれる子が、あんな目をすると思うか?」
「答える必要は?」
「ない」
セラと鷹人は同じ結論に至っているようだ。二人に仕事を依頼し、少女を迎えに来た、あの坂口京子という女性。
あれは、いったい誰だったのか。
「……それはいいとして」
「うん?」
帽子をかぶったままの鷹人が、つばの奥に隠れた目をセラの方に向けて言う。素っ頓狂な声で返事をするセラだったが、ある程度彼が何を言いたいのかは予想がついている。
「なんでこの店なんだよ」
「なに、不満か?」
「いや、できたら、もっといいもん奢ってくれてもいいんじゃねぇの?」
セラが口元をへの字に曲げ、「心外だ」というメッセージを声には出さず訴えた。
二人が居るのは、探偵事務所の近所にある牛丼のチェーン店だった。客数はそこまで多くなく、長時間居座っても文句を言われることも無い。ちょっとした会議の場としても申し分のない店だったが、せっかく一仕事終え、報酬も近く入ってくる事になっている。なれば、もう少し奮発してくれてもいいじゃないか、というのが鷹人の言い分らしかった。
「贅沢を言うようになったな、少年」
「いや、まぁ……」
「おごってもらう立場なんだから、文句を言うべきじゃないと思うが?」
「何も言えねぇや」
「あぁ、言ってくれるな」
プイと鷹人から視線を外し、セラは気分を害したのを隠そうとせずに言った。鷹人はばつの悪そうに帽子を目深に引き下げ、ソファに体を沈める。
「うちの儲けがそんなにあるわけじゃない事、君も知ってるだろう?」
「……うん?」
「カッコつけたいのは山々なんだが、私にもそんな余裕も無くてな」
少し自虐的に鼻で笑いながら、セラが言う。鷹人は彼女から視線を外し、喉を鳴らしてから言った。
「あー、その……悪かったよ」
「……ふふっ」
突然クスリと笑い出したセラに、鷹人は思わず見開いた目を向ける。
「なに笑ってんだ」
「まったく。チョロいな、君は」
いたずらな笑みを浮かべながら、セラが鷹人の方を見て言った。「やられた」の四文字を形にしたかのような、悔し気な表情を浮かべ、鷹人はセラを睨む。
「そう怖い顔をするなよ。何、全部終わったら、少しいいところに連れて行ってやるさ」
言い終えたと同時に、セラのテーブルに彼女が注文した品が運ばれて来た。並盛の牛丼に、みそ汁と漬物が付いている。店員の女性に礼を言いながらそれを受け取り、割った箸を突き刺し、鷹人を置いてさっさと食べ始めた。
すぐ後に、鷹人の注文品も運ばれて来た。特盛の牛丼にネギと卵をトッピングした代物で、セラと同じくみそ汁と漬物のセットだ。小柄な体のどこにその量のメシが入るのかと疑問だが、注文品が来るや否や、鷹人は割り箸を持った手を合わせ、喉を詰めそうな勢いで食べ始めた。
「ん、やっぱりお前らだったか」
二人の頭上から、男の声がかかる。
「なんの用だい? 高田刑事?」
セラは口の中の物を飲み込み、声のした方へ顔を上げる。
「飯を食いに来たら、知った顔が居たってだけの話だ。そう部外者扱いしてくれるな」
馴れ馴れしい様子で言い、男はセラの隣の椅子に腰かけた。着ている黒のスーツはくたびれているが、髭は綺麗に剃り上げられている。天然パーマの髪があまり整えられていない。が、不思議と不潔感を感じるようなものではなかった。ボサボサというより、もじゃもじゃといった感じだ。
「あんたか」
「おう、不良少年」
男の一言に、鷹人が思わずむせた。
「昔の話だろ」
「言ってろ、この女のつるんでる時点で更生はしてねぇようなもんだ」
セラが鼻で笑う。
「本人が居る前で、そういうことを言うかね」
「あんたが居るから言ってんのさ。まぁ、積もる話は飯を食いながらしようや」
そういうと、男はテーブルの上の呼び出しボタンを押下した。
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