第6話・結果報告
「で、結局全員片づけた訳だ」
膝の上に少女を座らせ、シートベルトを少女ごと閉めて助手席に座るセラが、窓枠に肘を置きながら言った。まるで、なるべくしてなった結果を告げるような、まるで面白味を感じていない様な声だ。
「あぁ」
ブスッとした声で鷹人が応じる。わかりやすく不機嫌な声だ。理由は単純、セラが後始末を全部彼に押し付けて、さっさと建物を後にしたからだ。
「そう怒るなよ」
「うっせぇ」
「おぉ、怖っ」
茶化すような彼女の声に、鷹人は思わず舌打ちが出る。鈍く車内に響き渡るロータリーエンジン音にかき消されない音量で放たれた「チッ」という声に、セラの膝の上の少女が「ひッ……」と怯えた声を漏らした。
「あっ。少年、女の子を怖がらすなよ」
「ねぇ?」と少女の顔を覗き込むセラに、少女は弱弱しく頷く。なぜだか息が合う二人をみて、鷹人はギアを五速にチェンジしながら大きなため息をついた。明らかに二人ともに聞かせようという声だったが、セラはそれを完全無視を決め込み、少女もそれにつられ、ちらちらと鷹人の方へ視線を移すばかりで、何も言わない。
「まぁ、悪かったとは思ってるよ?」
口元に微笑を浮かべながら、セラは一ミリも思っていない事を口走る。鷹人は赤信号で車を止め、ちらりとセラの方に顔を向けた。
「どう考えても、あんたがやった方が手っ取り早かった」
表情は変わらないが、声が怒っている。
「それはそうだが――」
セラがその顔を見返したとき、思わず言葉を詰まらせた。彼の右の頬、右目のすぐ下あたりに、殴られた跡が見えたからだった。
「もらったのか?」
「一発だけな。油断した」
「大丈夫か?」
「押すと痛いが、骨は折れてない」
「ならよかったが、治療はいるか?」
セラが伸ばしてきた右腕を、鷹人は左手で払いのける。
「いらん。怪我の世話くらい自分でできる」
そう言って、彼はシフトノブを一速の位置に入れ、青信号へ車を進める。
「つれないな。久しぶりに世話を焼いてやろうと思ったのに」
「いらねぇって」
からかう様に言った一言を、真面目な声色で返され、セラは少し面白くなさそうに鼻を鳴らす。鷹人は不機嫌な様子だったが、どうやらそれは、油断がもとで敵の攻撃を受けた自分に対するものだったらしい。
「さて、依頼人に報告だ」
助手席の上で、セラがそう言いながら自身のスマートフォンを取り出す。少女が不安そうな表情で首をひねり、セラの方を見上げた。
「大丈夫だ。すぐにママに合わせてやる」
そう言うと、どういう訳か、少女は悲し気な様子で視線を伏せた。
セラはスマートフォンを耳に当て、意気揚々と電話口に向かって報告する。何も気づいていない様な彼女に対し、運転席からチラリと少女の様子を見た鷹人は、何か居心地の悪さを胸に抱えた。
「ありがとうございます!」
電話を受けて、探偵事務所に駆け込んできた坂口京子は、少女の姿を見るなり、玄関先で涙を浮かべ、頭を下げた。
「本当に、なんとお礼をしたらいいか……」
所長の椅子に腰かけ、長い足を組みながら、いつもの微笑を浮かべてセラが言う。
「あぁ、いいからいいから。報酬金はきちんと支払ってくれよ?」
「はい! 必ず、お支払いさせていただきます!」
そういうと、坂口京子は少女に駆け寄り、彼女の手を取って、もう一度セラと鷹人に頭を下げた。
「それでは、失礼させていただきます」
「あぁ、どうぞ」
腰を浮かすつもりのないセラが、片手で事務所の玄関を右手で示す。勝手に帰ってくれ、と言わんばかりだ。鷹人は腕を組んで、事務所の窓枠にもたれ掛かり、二人の様子を眺めていた。
ハンチング帽をかぶり、襟は立てたままだ。セラの座っている位置からしか見えないが、彼が今、二人に向けているまなざしは何かを探ったり、荒事に赴くときの物だ。
「何かを疑っているな?」その様子を見たセラは、胸の内でそうつぶやいた。どうも、この仕事には、何か裏があるらしい。
「ほら、行くよ」
そう言って、少女の手を引く坂口京子が、探偵事務所の扉のノブをひねる。少女は悲し気な表情を浮かべ、何かを訴えるような視線を鷹人と、セラの方へ向けた。
セラは人の好さそうな笑みを浮かべ、彼女に手を振って送り出す。鷹人は彼女に応じる様子はなく、連れ出される様をじっと眺めていた。
二人の姿が、玄関扉の向こうに消える。四つの靴音が、コンクリートの階段を下り離れて行く。
音が聞こえなくなったタイミングで、セラが口を開いた。
「少年、どう思う?」
「……別に、何も」
「違和感みたいなの、感じなかったか?」
「……俺があんたの下について、何年になる?」
「ざっと、三年ってとこ?」
「だったら、言わなくてもわかるだろ」
「だな」
セラは椅子から立ち上がり、背中を伸ばしながら言った。
「どう考えても、あれはおかしい」
鷹人がセラに視線を向け、応じる。
「あぁ」
「調べる気か? 少年」
「少なくとも、俺はその気だった」
視線が彼の本気を物語っている。セラはクスリと鼻で笑い。続けた。
「気が合うな、少年」
所長の椅子の背もたれにかかっていたコートを手に取り、腕を通す。
「だが、まずは腹ごしらえと行こう」
セラが言う。鷹人がふと事務所内の時計に目を向けると、十二時半近い時刻を指示していた。
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