怪談殺し

砂藪

第一幕 おうまがどき

第1話 コクリさん


「紳士淑女! なんか違うなぁ……。ああ、そうだ! これがいい! 死にぞこない、いや、成仏しそこなったカス霊の皆々様方~ッ!」


 教卓の上に堂々と立ったその女性の頭の上には、狐のような耳が生えていた。


「死人、その上、怪談話として名をはせた皆々様方には今回、ですげーむなるものをやってもらいまぁ~す!」


 狐耳の女性の後ろの黒板には「ですげーむ」と白いチョークで書かれていた。

 教室には机がないもの七つの椅子が並んでいる。俺が座っている椅子は七つ、等間隔に並んだ椅子の中の一番左側にあった。スーツを着た女性、制服を着た少年と少女、入院服を着た少年、ガーリーファッションの女性、和服を着た老男性、そして、俺。

 俺はといえば、適当な外出用のシンプルな服を着ていた。


「ですげーむということなので、雑魚怪談の皆様にはもれなく死んでもらいま~す!」


 いったい今はどういう状況なんだ。

 少なくとも俺の隣の和服の男性は目を見開いて、その深い皺を刻んだ顔を真っ赤にしていたが、口を開かない。誰も彼も静かに口を噤んでいる。

 お前は誰だ、と教卓の上で自信満々に胸を張る狐耳の女性に問おうとしたが、口が動かない。うめき声もあげられない。

 全員が静かに口を閉ざしている理由が分かると同時に、足もしっかりと椅子に座り、床につけた状態から動かないことに気づいた。膝の上に置いてある拳も同様に動かすことができない。


「皆々様方は、この市内にいる怪談です。無理やり連れてきたので、記憶と意識がはっきりしない方もいると思いますが、それは抵抗した貴方が悪いので、他の方と同じように頑張って殺し合ってくださいね」


 言われてみると、今まで自分がなにをしていたのか、どうやってここに来たのか、頭に霞がかかったようにぼんやりとして思い出せない。

 ただ一つだけ、はっきりと分かることは、俺がすでに死んでいるということだけだった。

 心臓の音も聞こえない。こんな異常な状況に汗もかかない。

 そして、なによりも俺は、自分の身体から血が抜けていって、ありえないぐらいの寒さに凍えているのに身体を震わせることができないまま、意識が薄れていくあの感覚を知っている。


「ちなみにすでに死に腐っている皆々様方が死ぬということは、それすなわち、完全な消滅」


 狐の耳の女性はどかりと教卓の上に座ると俺達一人一人の顔を見て、その黄色の瞳を細めた。


「怪談としての皆々様方の存在も、成仏しそこなった皆々様方の意識も、全部ぜ~んぶ、消えます。それが嫌だったら、今夜中に自分以外の六人を殺して生き残ってください」


 ごくりと唾を飲みこむ。指も足も動かなかったが、首は回すことができた。他の六人も自分の周りを見渡している。殺せと言われた自分以外の六人を。


「う~ん、あまり魅力的ではない? それなら、生き残ったカス霊には復讐の権利を与えましょう!」


 パンッと手を打って、狐耳の女性が教卓の上で足を組む。

 このおかしな状況で殺し合えと言われても、困惑でしかないが、身体が一切動かない状況を見るに、この場で死ぬと存在が消滅すると言われても、それが単なる嘘ではないことは分かる。


「復讐って生きてる相手でもいいのか?」


 ふと、狐の耳の女性以外の声があがった。男の声だ。

 制服を着ている男性が教卓の上の狐の耳の女性を睨みつけていた。試しに声を出そうとするが、俺の口は動かない。


「もちろん、相手がなんでも復讐の権利をあげます。生きてる人間、霊的な存在、なんでも!」


 狐の耳の女性は両手を広げる。それを聞いた制服の男性は口角を吊り上げた。

 復讐することができるということがそんなに嬉しいのだろうか。

 俺達はもう死んでいる存在なのだから、今更何かに復讐したってこれからが変わるわけでも、過去が変えられるわけでもないのに。


「復讐じゃなくて、デスゲームに勝ったら生き返れるとかは……」


 制服の女性が控えめに尋ねた。

 また試しに声を出してみようとするが口は開かない。先程まで質問していた男性も今は口を閉じている。


「一度死んだ者が生き返るわけないでしょう」


 馬鹿にするようにため息をついて、狐の耳の女性が肩を竦めた。その言葉に質問した制服の女性が気まずそうに視線を落とす。


「僕ら、霊なのに、普通に殺せるの?」


 入院服を着た少年が尋ねる。順番に一人一つずつ質問を許しているようだった。

 その少年の見た目はまだ小学生か中学生といったところだろう。そんな若い子供が殺せるのかと平然と質問をしている現状に気味の悪さを覚える。

 その質問に狐の耳の女性は口元を弧に歪めた。


「もちろん。今の皆々様方は少し怪談としての力を使うことができるものの、身体は生身の人間。落ちれば死ぬし、燃やせば死ぬし、刺せば死ぬ」


 この身体からは心臓の音がしないものの、どうやら殺されることは可能らしい。といっても、殺すことも殺されることも、いきなり受け入れることはできない。

 そもそも、俺はどのような経緯でこの世に未練を残して、怪談として名を残すことになったのかも分からないのに。


「え~、私~? 質問タイムってこと~?」


 袖口がひらひらとしたブラウスに抹茶のような色のロングスカートを履いているガーリーファッションの女性が間延びした声で狐の耳の女性に聞く。もし、彼女の手が自由だったら、きっとそのふわっと巻いている茶色の毛先を指で弄んでいたことだろう。


「あっ、すぐに全員殺しちゃっても大丈夫?」


 その女性らしい服装には似合いそうにない物騒な言葉に俺はぎょっとする。狐の耳の女性は難しい顔をした。


「できるかもしれないですが、なるべく控えていただけると」


 どうやら、すぐに誰か一人が全員を殺す展開は望んでいないらしい。わざわざデスゲームを開くのだ。全員を殺すことが目的ならこんな面倒な場を用意したりしないだろう。


「怪談としての力、というのは?」


 俺の隣の和服の男性が問う。


「ただの殺し合いでは皆々様方雑魚霊を集めた意味がないですからね! 怪談である時に行使していた力を使っての殺し合いをしてほしいんです。つまらないですげーむは求めてないんです」


 要するに自分はそれを眺めて楽しみたいだけじゃないか。

 俺は息を吐いた。

 口が動く。


 本来なら、どうして俺達のことを選んだのか、どうして俺達は殺し合わないといけないのか、本当に消滅するのか、復讐できるのか、使える力というものが自分が語られている怪談としての力なら、怪談としての記憶が曖昧な俺はどうしたらいいのか。

 分からないことは多々あったが、俺の口から自然と出た言葉はデスゲームに関する質問ではなかった。


「あなたの名前はなんですか? 俺とあなたは会ったことがあったりしますか?」


 狐の耳の女性は少し手が隠れた薄緑色のカーディガンの袖口を揺らす。真っ白なズボンに包まれた足を組み直して、黒い肩口までの髪を揺らして、黄色の目を細めた。


「怪談同士、会ったことぐらいあるでしょう」


 彼女はそう言うと少し考えた後ににんまりと笑った。


「気軽にコクリさんと呼んでくださ~い」


 そして、彼女は両手を上に掲げる。


「それでは、一夜限りの怪談遊戯! スタートで~す!」

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