一章 タリスマンの義眼

第3話 綾上家の喜劇

 イメージは最強の自分である。

 姿見鏡の前で自分に暗示をかけるように何度も頷き、弱い自分を追い出す。そして最高にキメキメな自分を作り出すのだ。


 服装は黒のブイネックTシャツに暗めの青いチノパンというシンプルな物で、髪型は多少遊ばせているが、切れ長の目にすっきりした顔立ちは真面目で仕事ができる印象。最後の決め手となるのが手に持ったタブレット端末だ。これにより、ビジネス系インテリ男子が完成した。

 これが俺――綾上勇夜あやがみゆうやが思う最強の自分だった。


「ヘアスタイルよし。爪も切ったし、鼻毛も出てない。髭の剃り残しもないし……完璧だ」


 普段はここまで身だしなみのチェックはしないが、今日は特別。なにせこれから大学の飲み会があるのだから……そこで女子といい感じになって彼女をゲットする。親睦は親愛ゲットのチャンスなんだ。


 大学二年の六月。未だに彼女がいない寂しい男子大学生。趣味といえばゲームと筋トレくらいで、暇な時は親が経営しているコンビニで働き、日々を悶々と過ごしている。それが現在の俺のステータスだ。


「今日こそ、俺は彼女を作る。出会いがあれば可能性もあるからな……」


 そう言いながら自室を出た俺は玄関に向かおうとした。

 だがリビングの方から野暮ったい声がして立ち止まる。


陽菜美ひなみ、お父さんな。お前に言いたいことがあるんだ」

「ん? なに?」

「そろそろ彼氏の一人くらい作ったらどうなんだ?」

「は? やだよ、めんどくさい。リアルな男を相手するより、一緒にゲームするだけの男の方が使い勝手いいもん。知ってるお父さん、あいつら私がリアルJKだって知ったらお姫様扱いしてくんの。あれとってきて、って言ったら家来みたいにせっせと持ってくるんだよ」

「くそっ、この小生意気ちゃんめ。男を顎で使うように育つなんて、父親としてはそんな風に男を見下すのはダメだって叱らないといけないのに、可愛いから許してしまう……母さん、はい交代!」

「アンタ、なんだかんだでこの子に甘いんだから……」


 どうやら父さんと母さんが陽菜美に彼氏調査をしているようだ。

 陽菜美は高校二年生の女子高生。明るめの髪色をあざとくツインテールにしている生意気妹だ。性格はこの通り、男に興味がないどころかちょうどいい小間使いとしか考えていない。だがそれでも根はチキンで年頃の女の子らしい一面もあるから、こうして心配した両親が探りを入れる気持ちも分かる。

 母さんは小さくため息をついてから言い聞かせるように話し始めた。


「いい? 陽菜美。男がちやほやしてくれるのはせいぜい二〇代まで。男なんて股間で恋するような単細胞なんだから年取った女は用済みなの。だから今、若いうちに恋愛経験をつんでおかないと後悔するわよ」

「そうだぞ、女は三〇過ぎると急に老けるんだ。母さんだってだんだん枯れていって――」

「あ? あんまりふざけたこと言ってると、アンタのお小遣い減らすわよ?」

「ひぃぃぃぃ! すみませんすみません! 俺の嫁はピチピチ美人系熟女です……!」


 結局年取ってんじゃん。四〇代の熟女なんだからピチピチ美人って響きが痛々しく聞こえるじゃん。

 そんな俺の心の声をよそに、父さんは一つ咳払いをしてから「で、陽菜美はいいとして、勇夜の方はどうなんだ?」と陽菜美に切り返してきた。


「なんで私に聞くの? 本人に聞けばいいじゃん」

「あいつ頑張ってるだろ、空回りしてても一生懸命……そんな奴にいちいち聞いてちゃプレッシャーになるだろう。非モテ男子は扱いが難しんだよぉぉぉ」

「へー、じゃあ私にはプレッシャーを与えていいんだ」

「そうねぇ……でもこの人、ただ昔の自分を見てるようだから古傷が疼いてるだけじゃない?」

「ふぐっ! やっぱり母さんは鋭いな」


 娘と嫁に責められ、きつそうな声音で答える父さん。だが俺がリビングを覗いたその時、父さんは自分を奮い立たせるように椅子から立ち上がった。


「いいさ! この際白状してやるよ! 俺の初めての彼女はカピバラ顔の出っ歯ブスだったさ。でも仕方ないだろ。妥協しなきゃ彼女できなかったんだもん!」

「なにが『だもん!』だよ。気持ち悪い」

「ほんとそれよ。いい歳したおっさんが可愛い子ぶっても気持ち悪いだけだわ」

「く、くそぉ……好き放題言いやがって……ううっ、娘と嫁が冷てぇーよ」


 もうフルボッコじゃん。

 3LDKのマンションだから部屋を出たらすぐ真横にリビングがある。それゆえに父さんの恋愛経験まで赤裸々に丸聞こえだ。

 正直聞きたくなかった……そっと流して聞かなかったことにしようかな。



(次回に続く)

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