第24話 双子の運命


 これまでの話をヒラクは何となくしか理解していない。


 ただあの母がいた水晶の館は、プレーナの娘としてセーカを旅立ったキルリナの望んだ聖地プレーナの形だったということはわかった。


 そしてキルリナと彼女の恋人だったザカイロの間の子どもがそこで生まれ、それがヴェルダの御使みつかいの祖母にあたるということ、その祖母とかつての老主の間に生まれたのがヴェルダの御使いの母だということ、そして御使いの母からヴェルダの御使いと自分の母親が双子として生まれたということは理解した。


 それに続く話として、ヴェルダの御使みつかいは、降り続く雨をかろうじて防いでいる半球型の小屋の中で、自分とヒラクの母親がどのようにして生まれ、育ってきたのかをヒラクに話し始めた。


「私の母は、私の祖母の手によりプレーナの娘として育てられた。そしてプレーナになるための第二の地位の者としてドゥーアと呼ばれるようになった。成長した私の母もまた、祖母のようにプレーナに与えられた者と結ばれて、次のプレーナの娘を産み落とすことになっていた。でも、私の父と母の出会いはまったくの偶然だった」


 その頃もまだあいかわらず遊牧民たちはセーカの娘を捧げものとして望み、プレーナ教徒の娘たちは聖地プレーナへ向かうためにセーカから旅立った。


 そんな娘たちの後を追いかける若者がいた。


 その若者は、セーカから旅立った娘の一人を恋い慕っていた。

 娘は若者を顧みることはなかったが、若者はそれでも追いかけずにはいられなかった。

 娘が砂漠のどこかにある聖地プレーナにいることを信じて疑わない若者は、セーカを飛び出して、ただあてもなくプレーナを捜し求めた。

 だが、プレーナも娘もみつからない。

 それでも若者は聖地プレーナにいるだろう娘のことをあきらめきれなかった。


 そんな若者の前に聖地はその姿を見せた。


 そこに若者は一人の女の姿を見た。それはザカイロに思いを残すキルリナの残像だった。プレーナの娘を追ってきたその青年にかつてのザカイロを重ねたのかもしれない。

 緑の光を放つキルリナの幻は、若者の目には女神プレーナそのものに見えた。

 若者はキルリナの姿をしたプレーナに導かれるようにして水晶の館に姿を現した。


 そこで若者はキルリナによく似た娘をみつける。

 それが、当時のドゥーア、つまりヴェルダの御使いの母だった。


 男はヴェルダの御使みつかいの母をプレーナと信じ込み、追いかけてきた娘を返して欲しいと訴えた。

 だがヴェルダの御使いの母は生まれて始めて見る外の人間、しかもそれが男という未知のものであることにひどくおびえた。


 当時のウヌーアであるヴェルダの御使みつかいの祖母は、その若者はプレーナに与えられた者であるとして、若者をそのまま水晶の館に引き止めておくことにした。

 初めは若者を恐れていたヴェルダの御使いの母も、次第に若者と打ち解け合うようになっていった。


 静かな日々が続く中、若者はいつしか追いかけた娘のことは忘れ、目の前の娘を愛するようになった。

 こうしてヴェルダの御使いの母はその若者と結ばれて、ヴェルダの御使いとヒラクの母を身ごもった。


 やがてプレーナの娘が生まれると、ヴェルダの御使みつかいの祖母は若者を聖堂にあるアーチ型の扉の向こうに追いやった。そこはプレーナの外界へ通じる扉とされていた。


 そのまま彼は再び戻ってくることはなかった。


 ヴェルダの御使みつかいの母は、自分の母親から「彼はそもそもプレーナの娘を生み落とすためにプレーナに与えられた若者で本来存在しないものだった」と聞かされた。

 だが若者から自分の知らない外の世界のことを聞かされていたヴェルダの御使いの母は、その言葉が信じられなかった。

 ただ確かなのは、姿を消した若者は、とっくにもう自分のことを忘れてしまっているだろうということだった。かつて追いかけてきた娘のことを忘れ去ってしまったように。



「いずれにしても結果として私の母は、次のプレーナの娘を産み落とし、ウヌーアとなることが許された。私の母がウヌーアを引き継ぐことができる条件は、第二のドゥーアを生み出すことだった。第一の地位ウヌーアから生まれた娘は第二の地位ドゥーアとなる。ドゥーアからウヌーアへ、ウヌーアからプレーナへ、代替わりをしていく。それがプレーナとプレーナの娘の関係。キルリナが生み出したこの聖地では、プレーナに還元されるプレーナの娘は一人と定められていた。でも私たちは双子だった。どちらが姉で妹かなんて、本当はどちらでもよかったのかもしれない。でも姉が将来ウヌーアを継ぐ者となった。つまりドゥーアと名乗ることを許されたの。私は排除されることとなった」


「排除って……」


「プレーナの娘は一人でいいの。二人はいらないのよ。息子もいらないの。娘でなければ母なるプレーナと同一化できない。私の母には兄が二人いたけれど、生まれてすぐに母親である祖母の手で命を絶たれたそうよ」


 ヒラクは絶句した。

 そんなことが許されてきたというのが信じられない思いだった。

 それと同時に思ったのが、もしも自分が男だったらどうなっていたのだろうということだった。


「おれがもし男だったら、母さんはおれを……」


 それ以上、ヒラクは言葉を続けられなかった。


「ヒラク……」


 ヴェルダの御使みつかいはヒラクを見て、慰めるように言った。


「確かに祖母はひどいことをした。だけど、あなたのお母さんも同じことをしたとは限らないわ。私の母だってちがったもの」


「おれの……おばあちゃん?」


「そうよ。あなたのお母さんが第二の地位を継ぐ者となったことで、当時第二の地位だった私の母は、祖母と代替わりして第一の地位ウヌーアになることになっていた。でも、母が祖母と代替わりすることはなかった」


「どうして?」


「私の母は、娘である私を連れてプレーナを去ったの」


 ヴェルダの御使みつかいの祖母は、ヴェルダの御使いの母が双子の姉妹を産み落としたとき、どちらか一方をプレーナの継承者とし、残りの一方はプレーナから追放するようにと命じた。


 砂漠をさまよいプレーナにたどり着いたという若者の話から、外の世界というのは、プレーナの存在しない渇きの地であるとヴェルダの御使みつかいの母は理解していた。そんなところに生まれたばかりの赤ん坊を追放するということは、死を宣告するのと同じだ。


 ヴェルダの御使いの母は、娘を聖地の外にやることを拒んだ。せめて、赤ん坊が一人で生きていけるようになるまでプレーナのもとに置いて欲しいと、当時のウヌーアだった自分の母親に懇願した。この申し出は渋々了承され、代替わりの時までは猶予を与えられることになった。

 ドゥーアから生まれた娘であるということは、血筋から言えば、妹も正当なプレーナの流れを汲むプレーナの娘ということになる。ヒラクの母親に万が一のことがあった場合、双子の妹を代わりにドゥーアとすることができると考えられたのだ。


 こうしてヒラクの母と双子の妹であるヴェルダの御使いは共にプレーナで育つこととなった。ただし、ドゥーアとなるヒラクの母だけは、ヴェルダの御使いの祖母により徹底的な信仰教育をされた。

 ヴェルダの御使みつかいの祖母は、ヒラクの母にドゥーアとしての自覚を持つよう促し、立場のちがう妹をあまり寄せつけるなと言い聞かせた。

 だが、それでも双子の姉妹は仲がよく、祖母の目を盗みながら、二人一緒に時を過ごした。


 月日は流れ、ヴェルダの御使みつかいの祖母は自分の死を予感するようになった。そしてヴェルダの御使いの母に、ヒラクの母をドゥーアにしてウヌーアを継ぎ、自分をプレーナに送り出してほしいと頼んだ。それは双子の妹をプレーナから追放する時が来たことを意味していた。


 姉妹はまだ幼かった。ヴェルダの御使みつかいの母はどうしても娘をプレーナから追いやるということができなかった。同じ血筋でありながら存在を許されなかった双子の妹の運命を哀れに思った。


 そしてヴェルダの御使みつかいの母は、双子の妹の方を連れて自分も一緒にプレーナを去ろうと決意した。


「私の母は、私と死ぬことを覚悟していたのかもしれない。姉のことはどうでもよかったというわけじゃない。あなたのお母さんにはプレーナの守りがあるし、おばあさまもいる。そう考えたの。だけど姉にしてみれば、母は私を選んで、姉のことは捨てたと思えたのでしょうね」


 ドゥーアであった自分の娘に去られたヴェルダの御使みつかいの祖母は、ヒラクの母を新しいドゥーアとし、ウヌーアである自分をプレーナへ送り出すことを命じた。そして、実の母と双子の妹と別れて孤独に打ちひしがれるヒラクの母を慰めるどころか厳しく接した。


 ヴェルダの御使いの祖母は、邪念を払うためと言って、ヒラクの母の頭から冷水を浴びせかけたり、聖堂に一人座らせ続けたり、祈るための言葉以外は話すことを禁じたりもした。


 そこには焦りがあった。


 ヴェルダの御使みつかいの祖母は、自分に残された時間を思うと、ドゥーアになったヒラクの母に一刻も早く代替わりの祈りを果たしてもらいたかった。

 だがヒラクの母は、傷ついた心をなかなか癒すことができなかった。ぼんやりと母と妹のことを考えて祈りに集中することもできなかった。そんなヒラクの母に、祖母は苛立ち、平手打ちを食らわし、髪をつかんで聖堂の床を引きずり回したりもした。

 ヒラクの母は自分の運命を呪い、プレーナさえ憎んだこともある。だが結局はそのプレーナに救いを求める他なかった。プレーナがいなければ、自分の存在価値もない。

 ヒラクの母は、プレーナに選ばれた特別な存在であると自分に言い聞かせることで、己の尊厳を保っていた。


「私を連れた母は、砂漠のオアシスで遊牧民に拾われた。母は扉の向こうの世界に砂漠を思い描いていた。そしてそれは、プレーナから切り離された世界、私の父がやってきた世界だった」


 遊牧民たちは若い母親とその娘の姿を見て驚いた。彼女たちは、プレーナの水を体内に取り入れてきた者から生まれた者の特徴である緑の髪と琥珀色の瞳をもっている。

 黒装束の民を装ってプレーナ教徒と接触する一部の遊牧民は、彼女たちと同じ言葉を話すことができた。その者たちにどこから来たのかと尋ねられ、ヴェルダの御使いの母は「プレーナから来た」と答えた。

 遊牧民たちはプレーナの存在を信じてはいなかったが、プレーナ教徒たちと関わり合う以上、緑の髪の女たちの利用価値もあるのではないかと考えた。だが遊牧民たちにとって、彼女たちの存在はそれ以上に大きなものとなっていく。


 ヴェルダの御使みつかい親子は、プレーナをその目にみることができた。それは遊牧民たちにとって、どこに現れるかわからないオアシスの場所を示す手がかりとなるものだった。


「私と母は遊牧民たちと行動を共にすることになった。彼らはオアシスを求めていたし、私たちもプレーナの水なしでは生きられないと思った。外の世界に生きる姉と私はプレーナへの祈りでつながっていた。オアシスで祈りを捧げるとアーチ型の扉が私の前に現れる。そして姉が扉を開くの。不思議なことに、その扉は母には見えないの。姉は自分を置いていった母を許すことができなかったのね。そしてうしろめたさから、母もまた姉に背を向けた。祖母にはみつからないように、私は中に入り込み、母のために水を持ち出した。水の結晶の館にある中庭の泉……。あの場所が二人の秘密の場所だった」


「あの中庭!」


 ヒラクは思わず声をあげた。


 ヒラクは中庭の光景を思い出すと同時に、儚く消えた一人の少女の姿を鮮明に思い出した。


 ヒラクとよく似た容姿をした少女フミカが今もヒラクの記憶の中で中庭で佇んでいる。


ヒラク家系図

https://kakuyomu.jp/my/news/16817330658139169049

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