第10話 地上のセーカ
岩を
その間の大路を人々が行き交う。
誰もが赤茶色の髪、黄みがかった肌のセーカの民の特徴を持っている。
水がめを運ぶ女が大路を行くヒラクを見て足を止めた。
女は同じく水がめを運ぶ女にひそひそと何か耳打ちする。
岩屋には四角い小窓があいている。家から飛び出してきた子どもはヒラクを見てきょとんとした顔をする。後から追いかけてきた父親らしき男は子どもを抱き上げ、ヒラクの姿を見て首を傾げる。
道脇に座り、老人たちが談笑している。そしてヒラクにちらっと目をやるが、無関心な様子だ。
人々の反応は様々で、ヒラクの前にいきなりひれ伏す者もいれば、まるで興味を示さない者もいる。だが、そのどちらの態度もヒラクは気にしていなかった。
いつのまにか羊飼いの男の姿もなかったが、そのことすら気づかず、さきほどからヒラクは一つのことばかり考えている。
(この町、以前どこかで見たような……)
ヒラクは両脇の家々を眺めながら歩き続けた。
初めて来た場所にはちがいない。ただ、このような町の作りをどこかで見たような気がしていた。
やがてヒラクは立ち並ぶ家の間に井戸をみつけた。
ヒラクは井戸の底を覗いてみた。暗がりに緑の光がぼんやりと浮かぶ。
ヒラクは足元にある小石を落としてみた。
水面に波紋が広がるのと同時にヒラクは気がついた。
そこはセーカの民が地上で暮していたときの町だ。砂嵐に削り取られて奇岩となる以前の岩屋の住居だ。
ヒラクは大路を歩く一人の男に声をかけた。
「聞きたいことがあるんだけど」
呼び止められた男は、きょとんとした顔でヒラクを見た。羊飼いの男とちがい、あわてふためく様子はない。男はヒラクにのんびり尋ねる。
「あんた、妙な姿してるな。何者だ?」
「ここではヴェルダの御使いっていうんじゃないの?」
「ああ、何だかそんなもんがいるって言っている奴もいるなぁ」
男は朗らかに笑った。
「……おれのことを知らないの?」
ヒラクは不思議に思って尋ねた。
「さあな。あんたがヴェルダの御使いっていうものだろうと俺には関係ねぇ。騒ぎ立てる奴らもいるが、大体、ここにはいないって話なんだから、どうでもいいことだろう」
「ここは、かつてのセーカの町なの?」
「かつて? 意味がわからねぇが……」男は首をひねる。
「地上の町はもうないんだ。セーカの民はプレーナの怒りを買い、地上の暮らしを奪われて、地下で生活していた」
そこまで言うと、やっと男は合点がいったというようにうなずいた。
「ああ、それは罪が許される前の話だろう。今じゃプレーナに許されて、俺たちは地上の生活を取り戻したんだよ。永遠にな」
「永遠? どういうこと?」
「もう祈ることもない。いつまでもずっとここでのんびり暮らしていけるんだ。それが俺たちの望みのすべてだったのだから」
男は満足そうに微笑んだ。
男と別れた後もヒラクは町の人々に話を聞いて歩いた。
そこでわかったことは、まず、ヴェルダの御使いのことを知る者と知らない者がいるということだった。
ヴェルダの御使いを知っている者たちの間では、ヴェルダの御使いというのは、聖地からの使いとして外の世界に向かった者とされている。自分たちはヴェルダの御使いに導かれてここまで来たのだという者たちもいた。
だが知らない者たちの間ではそんな話は出てこない。気づけばこの町で暮らしていたという者がほとんどだ。
両者の間で共通しているのは、地下で暮らしていた頃は、いつかプレーナの許しを得て地上の生活を取り戻すのだという思いで祈り続けていたということだ。それこそが彼らの求める救いであり、聖地プレーナには永遠の地上の暮らしがあるとされてきた。ここでは「プレーナの娘」について語る者は誰一人いなかった。
ヒラクはアクリラの母カトリナが言ったことを思い出した。
カトリナは、聖地プレーナに到達することができるのは、若い娘のみだと言った。そこで娘たちは祈りを捧げ、プレーナと一つになることができるのだとも言っていた。老いた女もプレーナの息吹で若返り、娘の姿を取り戻すことができるのだという。
では、ここにいる者たちは一体何だというのか?
彼らもまた自分たちは聖地プレーナに到達したのだと思っている。中には女の姿もある。
なぜ彼女たちは噴水に集う女たちのようにプレーナに祈りを捧げることはないのか。
地上の町で暮らす人々のいる聖地とプレーナの娘たちのいる聖地、一体どちらが本当の聖地プレーナの姿なのだろうか。
そして、母親とフミカのいる場所もまた聖地だというのか。
それともそれとは別に聖地と呼ばれる場所が存在するのだろうか。
ヒラクはそれを確かめるために、自分が通り抜けてきた扉のある門まで戻ることにした。
そしてまた、扉の向こうは見知らぬ場所だった。
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