303. 妖精様人形
「お兄様は神になられたのですか? 結婚式の際に現れた光の巨人もお兄様だったと?」
アーランドお兄様とエフィリスお義姉様の結婚式に現れた光の巨人、その巨人が魔王に聖樹を突き立ててようやく魔王との決着が付いた。
突然光の巨人が現れたことにも驚いたが、それが縮んで光が収まると、なんとクレストお兄様が現れたことにさらに驚いた。
あれから皆で協力して残った魔王配下にも聖樹を突き立て、さらに負傷していた神域の民達を妖精ポーションで癒してまわったのだ。そうしてようやく一息ついた今、私は兄に問いかけた。
「何を馬鹿なことを言ってるんだ。神にはなっていないし、結婚式の際にはお前の隣に居ただろう? まぁ、神になったような気分にはなれたがな」
「なるほど。しかし後世では神が現れたという伝説になるかもしれませんね。今回の件で魔王伝承が地域毎に異なっていたことにも納得できました」
「そうか?」
「ええ」
おそらくこの地周辺では神が降臨して魔王と戦ったと伝えられるだろう。
魔王との戦の余波で神域にかけられていた幻惑魔法は解けてしまっており、外からも魔王と光の巨人の戦は見えていただろうとのこと。あのような光の巨人を見れば誰しもが神を想起するだろう。
しかし私達では兄達が勇者として戦ったことを知っている。そのため、ファルシアン周辺では勇者が魔王と戦ったと伝わる筈。こうして地域毎に伝承は変わってしまうのだ。
明るくなった空を見上げると、"橋"が1本線のように見える。なるほど、あれなら"橋"よりも"塔"と言った方が適切だ。地域毎の伝承の何処が間違っているか、ではなくて、全て正しいのかもしれない。真実は1つではなく地域や立場が変われば変わるのだ。
「難しく考え過ぎだ。今は勝利を喜んでいれば良い。神域の民が宴を開いてくれるそうだぞ」
兄は笑ってそう言う。
「クレスト様、あまりゆっくりもしていられないのではないでしょうか?」
「相変わらずエフィリス殿は真面目だなぁ」
「私達は今、公務を放り出してここに来ている状態なのですよ。あまり長居しますと……。カティヌールの対処も中途半端でしたのでは?」
カティヌール軍が山を越えてファルシアン領内まで進軍していたと聞く。魔王戦の前に簡単な取り決めは話してきたと聞いているが、魔王という脅威を前にしたとりあえずの対処だったに違いない。
カティヌール姫が居る手前あまりはっきりとは言えないのだろうが、あまりぬるい対処では国民感情を抑えられないだろう。ただでさえカティヌールは今国民に嫌われているのだから。
「どうせドラゴンが止まっているからすぐには帰れないぞ。しかし、カティヌールか。カティヌール王はああ見えてなかなかやり手だからなぁ……。お、良い案を思いついたぞ」
頭を掻いていた兄はそう言ってまた笑顔になる。こういうときはあまり良い案でないことが多いのだが……。
「なぁ、妖精様よ。カティヌールはどうしたら良いと思う? 妖精様の決定なら王国民は誰も文句は言わないぜ」
「……カティヌール王、監禁!」
シルエラが抱える鳥籠の中で妖精様はしばらくの間を置いてそう答えられた。シルエラはギョッとした表情だが、悪くない案のように思える。他国の王をこちらの一存で監禁など普通はできないと思われるが、今回はいけるのではないだろうか。
こちらを攻める気はなかったとは言え、実際に大軍での領土侵犯をしている。この時点でこちらはかなり優位だ。
さらにカティヌールは魔王復活の切っ掛けを作ったと言っても過言ではない。世界滅亡の危機のきっかけを作ったのだ。その危機をファルシアンが対処した。しかも魔王討伐に向けて動いていたファルシアンをカティヌールは邪魔をしたとも取れる。
そして何より、監禁を提案しておられるのが上位存在である妖精様なのだ。
「……監禁、1年! 様子見!」
「ふむ、期限付きか。じゃぁそれで。良いな? カティヌールの姫?」
「はい……」
カティヌールの姫が悲しげに俯く。
自身も魔王戦に参加したのだ。そこを強く主張すればカティヌールも優位に立てるだろうに、特に異論はないようだ。国王が1年も監禁されるなど様々な問題があるだろうに。
妖精様の決定には抗えないと悟っているのかもしれない。妖精様の決定ならお母様も反対しないだろう。
ああ、お母様と言えば……。
「お兄様、妖精様人形をあのような使い方をするなどお母様のご機嫌が損なわれますよ。あのように紐を付けて振り回すなど」
お母様は妖精様人形の中でも1作目となるあの人形を特に気に入っておられるのだ。見た目は既にボロボロだが救国の人形として宝物庫に仕舞われる程に。
「おっと。どこから見ていた?」
「魔王がまだ人間のような見た目をしていたときからです」
魔王相手に何度も投げつけていたのを見ていた。エネルギアの残党相手にも嬉々として投げつけていたとも聞いている。
「ほとんど最初からじゃないか。なに、帰ったら宝物庫に戻しておけば問題な……い……。あー、しまったな」
「どうされましたか?」
「魔王の口の中に
聖樹を突き立てた後、魔王の体は見る間に小さくなり、代わりに聖樹が魔王の体を覆いつくして大きく育っていた。今から魔王の体の中から妖精様人形を取り出すなど不可能なことだろう。全く、何をされておられるのやら。
「ムニムニ、ムニ!」
「ムニムニムニ、ムニ!」
「どうした?」
「えーと、聖樹様が……。えと、こちらへ」
カティヌールの姫が指す方へ行くとそこでは聖樹の幹が蠢いていた。なかなかに強烈な見た目だ。
しばらくその様子を見ていると、そこからポテッと妖精様人形が転がり出てきた。ボロボロだった見た目も修復されているように見える。
「お、気を利かして吐き出してくれたのか。……って、おい!」
兄が驚きの声を上げる。
何事かと思えば、妖精様人形は兄に噛みついていた。
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