301. 希望の剣

 黒の妖精剣というこの剣が魔王への有効打になるらしい。


 俺が魔王へ向けて走り始めてから、背後でドラゴンが飛び立った。

 ミグタリと王子だけでなく、ドラゴンもまた空から魔王の注意を引いてくれるということなのだろう。


 勇者は既に鳥に乗って魔王と戦っている。

 勇者が魔王の顔付近を通り過ぎた後、魔王があからさまに苦しみ始めた。どうやら何か効果的な攻撃を行ったようだ。

 地上ではファルシアン王家の馬車を襲った際に石礫を飛ばして邪魔してきた男が懸命に魔王へと攻撃していた。

 魔王の周りには、黒い4つ足の魔物が大量に湧いているが、しかしそれを大量の羊が足止めしている状況。妖精も羊を操って魔王に対抗しているのだ。

 遠くから聞こえる爆発音から、他の神域の民仲間達が魔王配下の対処をしてくれているだろうことが分かる。

 ここまでお膳立てされて失敗する訳にはいかない。


 森の木の影を縫って魔王に近付きチャンスを窺うが、なかなか近寄ることができない。勇者のような何でも防ぐ盾も、ミグタリのように高速飛行するハンマーも、聖女のような結界も俺にはないからだ。


 魔王の周りを飛ぶドラゴンからメイド姿の女がまるでブレスのような魔術を放ち、それと似たような威力の黒い魔術を魔王が撃ち返していた。まるで怪獣大決戦だ。

 ああ、聖樹様が燃えていく……。


 勇者が光を出して目晦ましを幾度となく行っている。攻撃しても効かないのなら妨害に徹した方が良いという判断なのだろう。

 そして、石礫の男が戦い方を変えた。魔王の体を駆け上ったり、高い位置へ石礫を飛ばして攻撃している。作戦俺のことが伝わったのだろう。魔王の注意が足元から逸れていく。


 これならいけそうだ。

 魔王の動きはこれまで十分観察できた。だいたいの攻撃は対処できる筈。

 なにも1発で決める必要はない。ヒットアンドアウェイが良いだろう。1発当てて注目される前に離脱。そしてまた足元の注意がなくなったら再度攻撃。これを繰り返していけば必ずいずれ倒せるのではないか。


 妖精剣を鞘に納めたまま羊の群をかき分け魔王の足元まで走る。王子や石礫の男の剣と同じ形のため同じ特性を持つだろう。であれば鞘から抜いた瞬間に莫大な魔力が漏れる。そうなれば魔王に気付かれてしまうに違いない。



 俺へ注意が向かないように、そして俺が攻撃を当てやすいように、ドラゴンが魔王と組み合った。

 だが魔王の渾身の一撃が聖女の結界を揺らしヒビが入り、そのまま魔王の魔術攻撃が結界を貫通。ドラゴンに乗っている聖女やカティヌール姫は致命的かと思われたが、即座にその内側にもう1枚の結界が張られた。どうやら無事のようだ。

 しかしドラゴンの胸にあった光の玉は飛散してしまっている。今の結界は腕輪の力で張っているのだろう。つまり次結界が壊されてしまえば後はない。しかも光の玉が壊されたことでドラゴンは止まってしまった。


 が、そのおかげで俺は魔王の足元にたどり着くことができたぞ。

 既にドラゴン並に大きくなってしまった魔王の足元で妖精剣を抜き、そのまま斬り上げる。刃だけでなく、そこから伸び出た黒い斬撃が魔王の体を切り裂いた。


 なんという威力! なんという効果!

 王子の言ったとおりこの剣が打倒魔王の鍵だったのだ! これなら再封印などと言わず、魔王を倒せてしまえるのではないか!?

 希望が見えたと思えた瞬間、魔王の顔がこちらを向き、そう認識したときには俺は炎に包まれていた。


「ぐおおっ!」


 焼かれながらもなんとか妖精のポーションを飲み耐える。

 炎が途切れたと思った直後、今度は一般家屋程ある拳が降ってきた。メイドの攻撃魔術と男の石礫で軌道が逸らされ、辛うじて転がり避けることができた。


 立ち上がり、走り抜けながらもう1度妖精剣を振れば、魔王にさらなる傷を負わせることができた。しかも傷が塞がる様子もない。やはりこの剣は効く。この剣のみが魔王に対処できる唯一の手段なのだ。


 喜んだのも束の間、今度は吹き飛ばされてしまう。

 少し油断した。魔王のスピードが上がっているのか。1度離脱して再度機会を窺おう。

 離脱のため牽制として妖精剣を振ろうとし、そこで自分の右腕が無くなっていることに気が付いた。


「ぐぅ!?」


 腕が無くなったことに気付いた瞬間、とてつもない痛みが襲ってくる。腕は妖精剣を握ったままくるくると空を舞っていた。

 ヒットアンドアウェイなどと悠長なことを言っている場合ではなかった。1撃で決める必要があったのだ。


 いや、泣き言を言っている場合ではない。

 手持ち最後のポーションを急いで飲み腕を復活させる。欠損部位すら瞬時に回復させるとは流石妖精製だ。

 だが腕は治っても妖精剣は戻ってこない。急ぎ回収しなければ。


 魔王の攻撃魔術が妖精剣を狙うが、飛んできた石礫が妖精剣を弾き攻撃魔術は何もない空間を貫いていった。

 妖精剣は方向を変え、またもくるくると舞う。そして聖女の結界へ向けて飛んでいった。


 石礫の男の判断に感服する。結界の中なら魔王は簡単に手出しできないだろう。

 黄色い妖精剣の遠距離攻撃は魔王に全く効いていなかったため黒い妖精剣もそうなのだろうと思い直接攻撃を選んだが、先程の攻撃で黒い妖精剣なら遠距離攻撃だけで十分効果があると分かったのだ。であれば魔王に近寄らずとも結界の中から攻撃を加えれば良いだけだ。

 落ち着いて妖精剣を回収し、態勢を立て直せばまだまだやれる。


 そう思ったのだが、魔王の拳が聖女の結界を貫いた。そのままドラゴンが後方へ吹き飛ばされる。腕輪の結界は玉の結界程強度がなかったのか!?


 地面に落ちる剣、魔王の手が妖精剣に伸びる。

 誰も間に合わない……!


 しかし、そのとき妖精剣が浮いた。そして剣先が魔王を向く。

 構わず魔王は妖精剣へ攻撃を加えるが、しかしその攻撃は小さな結界のようなもので阻まれた。


 妖精が剣を動かしているのか?

 魔王もそう思ったのだろう、次の瞬間には妖精へ向けて黒い攻撃魔術を放ち、そして妖精はまたもそれをまともにくらってしまった。

 消える妖精。しかし剣の動きは止まらない。聖女並の莫大な魔力が膨れ上がる。そして現れた不思議なローブを纏った銀髪のむすめ……。


 あれは、ファルシアンの王女か!

 魔術師メイドや石礫の男と共にファルシアン王女も転移してきていたのだ! どうやってかは分からないが、姿を見えなくして潜み、機会を窺っていたのだろう。


 ファルシアン王女が莫大な魔力を妖精剣に注ぎ込みながら、剣を抱えて魔王へと走る。魔王はそれを阻止しようと何度も攻撃を加えるが、結界に守られているのか王女は止まらない。


 こうしてはいられないぞ。王女の攻撃を通すため、魔王を妨害するのだ! 王女の一撃が世界の希望だ!

 皆が一斉に動き、そして王女がついに魔王へ妖精剣を突き立てた!


「グアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 そして魔王の絶叫が木霊する!


「今度こそやったか!?」

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