297. 最悪ではない

「おい! XX妖精XXXXXッ!」


 突然妖精が魔王に攻撃魔術を放った。

 ファルシアン王子の慌てようを見ると妖精の独断のようだ。北方の言葉は断片的にしか聞き取れないが、それでもあまり良い展開でないことは分かる。


 あれだけの高魔力、さぞ威力も高いだろう。しかし、それを受けた魔王は無傷。次の瞬間には妖精に向けて似たような黒い魔術が放たれていた。それをまともにくらった妖精が……、消える。


「きゃぁ!」

「おいまさか! クソ!」


 何らかの話し合いは決裂し、既に戦は始まったのだ。

 初手で頼みの綱であった妖精がやられてしまった。カティヌール姫の悲鳴があがり、王子が光の斬撃を飛ばす。しかし魔王は避けようともせず、そして当たっても無傷だった。笑ってやがる。

 ミグタリが槌を振り上げ加勢しようとするが、俺はそれを止めた。


「よせ!」

「どうして止める、ムースリ!」


 次の瞬間には魔王からの黒い魔術が結界にぶつかった。結界を張っている聖女から小さな呻き声が出る。ミグタリが結界から飛び出していたら即死だっただろう。


「ぬんばあああああああああッ!」


 うるさい!

 絶叫と共に王国魔術師の氷の攻撃魔術が飛ぶ。しかし魔王はこれも笑顔で避けようとしない。おそらく当たっても効かないのだろう。そう思えたが、当たった際に魔王の表情が曇った。しかし無傷には違いない。



「状況をよく見ろミグタリ。聖樹様の魔力が魔王に絡みついている。おそらく封印は完全に解けていないのだ。魔王はまだ満足にあの場所から動けぬのだろう。しかし周りに倒れている奴ら。いずれも精鋭だった者達だ。たとえ魔王が動けぬとも俺達では歯が立たないに違いない」


 倒れている奴らに混じって破損した盾が転がっている。ドラゴンブレスすら余裕で防ぐ盾が破損しているのだ。魔王の魔術は聖女の結界でしか防げぬのだろう。しかもその結界ですら何度でも防げるというモノではないらしい。聖女も苦しそうにしている。


「ではどうするのだ!?」


「だから状況をよく見ろと言っている。何か手はないか観察するのだ。……まず、攻撃魔術はあまり意味がないだろう。特に光属性は妖精の魔術も王子の斬撃も全く効いていない。しかし氷の魔術は魔王の表情が曇った。何か違いがあるのかもしれぬ……。後は直接的な武器での攻撃が有効なのかだが、魔王の魔術をかいくぐる術がなければ当てるのは難しい」


 状況は良くない。聖樹様の魔力も徐々に落ちていっているようだ。早くしないと魔王は完全に自由となるだろう。


 しかし悪いことばかりではない。

 ここに来る途中、魔王配下を足止めしている仲間が遠目に見えた。神域の民は全滅していないのだ。魔王を封印できる新しい聖樹様も居られる。魔王を弱らせることができれば再封印も可能だろう。妖精はやられてしまったが、まだ最悪な状況ではない。



 埒が明かないと感じたのか王子が魔王に突っ込んでいった。無謀過ぎる。何か手はあるのか?

 当然の如く魔王から魔術攻撃を浴びせられるが、王子はそれを盾で受けきってみせた。なるほど、見た目ばかりの美麗な装飾品かと思っていたが、あの盾も妖精が用意したモノだったか。

 それを見て魔王も対応を変えてくる。どこからか黒い曲刀を出してきた。直接打ち合うようだ。


「ぬぅ、ここまで来て何もできぬとは」

「落ち着け。必ずチャンスは来る。おい、カティヌール姫、伝言を頼む」


 聞くと王国魔術師は全属性を無詠唱で使えるらしい。外の世界ではかなり珍しい存在だという。その王国魔術師に各属性魔術を魔王へ順に撃ち込んでもらう。


 ――火は、氷と同じような反応。土も……、風も、そして光は露骨に表情が歪んだ。何故だ? 光属性は無意味ではなかったのか?


 威力の面では明らかに妖精よりも劣っている。しかし王国魔術師の魔術を魔王は嫌がっているようだ。王子が使う光の剣も妖精の魔術と言えるかもしれない。だとすれば妖精の魔術と王国魔術師の魔術で違いがあるのか?

 王国魔術師の絶叫に不快感を表している訳ではないだろう。表情が歪むタイミングが絶叫時ではなく魔術が届く瞬間だからだ。

 俺にはまだ分からないが、妖精には何か分かったようだ。隣でうんうんと頷いている。


 ……は? 妖精?

 魔王に吹き飛ばされたのではなかったのか。無事だったのは喜ばしいが、ここまでしれっとされていると逆に複雑な気分になるぞ。


 そして妖精はドラゴンの腹を無造作に開ける。バラバラとこぼれ落ちてくる様々な品々。俺もドラゴンにポーションを詰め込む際に中身を見たが、用途不明な物が多かった。いったい何をしようというのか。



「XXXXXXXXXXXXXXXXX! XXXXXXXXXX!」


 妖精を見つけて何かを言ってくる魔王。妖精の無事に驚愕したような様子は見せていないところを見ると、奴も手応えはなかったのかもしれない。


 そんな魔王を無視して、妖精は王子の口に果物を突っ込んだ。

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