292. 白銀のドラゴン
「おお! これはすごい!」
「ああ、すごいな! 見てみろ、足から火が出てるぞ」
「これが神域のドラゴンとは信じられん! どうしてドラゴンが白くなっているのだ?」
「羽から風の魔術も出ておりますじゃ! 風魔術にこのような使用方法があったとは!」
「おいおい、もう山を越えたぜ!」
神域の民のお2人とクレスト殿下、そしてファルシアン王国魔術師団長殿がはしゃいでおられます。言葉が異なる筈なのですが、まるで会話が成立しているようですわね。
これ程楽しそうにされている理由は
「エフィリス殿もニナグレース殿も、これ程楽しい思いをしていたのだな!」
「い、いえ。私が聖王都へ向かった際には、ドラゴンは白色ではなく赤色でしたし、足から火も出ていませんでしたよ」
エフィリス様がそう答えられます。
さらに、胸に付けられたファルシアン王家の紋章が描かれた板が開閉式となり、開くと光の玉と思しき大きな宝玉が付いていたのです。この王家の紋章はもともと木製の板に付いていた筈なのですが、どうして紋章もドラゴンの鱗と同じ材質になってしまっているのでしょう。不思議です。
ドラゴンに乗ると言いますと恐ろしい光景のように思えますが、こうして空の上に居りますと非常にゆったりとした時間に感じられます。何もできない時間がこうも続きますと、どうしても様々な思いが湧きあがりますわね。
息苦しい場から逃れられた解放感、死地へ向かう悲壮感、国どころか世界が亡ぶかもしれないという焦燥感。
山向こうの空が黒く塗りつぶされた光景を目の当たりにしたときには祖国カティヌールがとても心配になりましたが、空から見る祖国はまだ無事に見えます。
「しかし殿下、良かったのですかな? カティヌール軍を放置してきたことになりますが」
「ま、辺境伯が良い感じに対応するだろ。それにカティヌールもすぐ自国へ戻るさ。魔王復活に関係なく、早めに帰らんと雪で山が閉ざされるからな。そうなったら半年は帰れない」
要らぬ疑いを持たれないよう
カティヌール内にはファルシアンを本当に攻めてしまえという意見もあったそうなのですが、ドラゴンや魔王配下を見てすっかり動揺してしまったそうです。そのため今では親ファルシアン路線で意見が統一されたそう。その点は良かったですわね。
それに、
「どうした。そんな悲壮感を漂わせて」
神域の民であるムースリ様がそう言って心配してくださいます。
「まぁ、これから魔王の居る死地へ向かうのだから悲観的になるのも分かるが、ファルシアンの王子を見ろ。あれくらい楽観的に生きられれば人生も楽しくなるだろうさ」
「ええ、そうですわね」
クレスト殿下は、昨年まで滅亡寸前だった国の王子とは思えない楽しそうなご様子です。それに比べますと
「で、この後は神域の森の縁まで行って、そこから徒歩で森を攻略って感じか? 妖精は、……寝てるな。本当に大丈夫なんだろうな、
そう言ってクレスト殿下は妖精様が寝ておられる鳥籠をつつかれました。
神域の民の話では、神域には特殊な結界が張られているそうなのです。
しかも、魔王の封印に悪さをされないように簡単には入れないよう幻術などもかけられ、外からは普通の森に見えるそうですわ。そのため、神域の森の外から魔王へ直接攻撃することや、上空から様子を窺うこと、上空から侵入することもできないそうです。
「森に入った後は可能な限り早めに現地の神域の民と接触したい。何せ食料すら用意できていないからな。できれば近隣諸国に寄って準備したいところだがドラゴンに乗ったまま他国に入れば戦争になりかねん。それに、妖精が強引に連れてきたってことは時間的猶予は既にない可能性が高い」
「ええ」
「そうですわね」
「致し方ありませぬなぁ」
会話の概要を神域の民のお2人にもお伝えします。お2人ともクレスト殿下に異論はないようです。エフィリス様の助言で事前にトイレは済ませておけましたので空の上で催すようなことはしばらくないと思いますが、それ以外の準備は一切できておりませんわ。現地の方々と接触できない場合、
「神域には魔王やその配下以外にも外とは比較にならぬ強い魔物がおる。このドラゴンも元は神域に生息しておったのだ。それらも相手にせねばならぬぞ。それに、魔王が復活した今、神域に残っている仲間達も無事かどうか分からん」
「――と、言っておられますわ。クレスト殿下」
神域の民のご意見をクレスト殿下に伝えます。
神域の森に結界が張られているのには、そのような強力な魔物が外に出ないようにという目的もあるのかもしれませんわね。
周辺諸国に援軍を求めたい気持ちもありますが、迷いの幻術がかかった森内でドラゴンを始めとした強力な魔物とやりあうことになるのです。生半可な戦力では逆に足手纏いとなるかもしれません。
そのため、周辺諸国に援軍を求めるよりはこのまま少数精鋭で森に入った方が良いのでしょうね。それに、周辺諸国の協力を求めても承認を得られるまで時間がかかるでしょう。現実的ではありません。
天然のダンジョンを攻略しながら進み、最奥の魔王を倒すか封印。現地の神域の民と合流できれば良いのですが、それも無事なのか不明。しかも、この少数精鋭の中には
「あの、提案なのですが……」
そう言って、エフィリス様がおずおずと話し出されました。
「このドラゴンの胸に付いているのは間違いなく光の玉です。ですので、ドラゴンに乗ったまま結界を張ることが可能です。そのまま森内を移動することも」
「それは良い案ですじゃ。神域の森は内部も迷いの幻術がかけられておるそうですし、徒歩で進むよりは余程良いと思われますぞ」
「なるほど。しかしその提案を妖精に伝えようにも、コイツ爆睡中なんだが。さっき起こそうとしてみたが全く起きる気配などなかったぞ」
不満そうに鳥籠をコツコツとつつかれる殿下。
「いえ、大丈夫でしょう。妖精様も私と同意見の筈です。でなければ戦うことも通訳もできない私をここまで連れてこられないでしょう。私には結界しか能がないのです」
「ふむ。じゃぁ、森が近くなったら結界を張って地面すれすれを飛びそのまま森に突入。森内の魔物は無視して現地の神域の民もしくは魔王まで突っ切る感じか。おいドラゴン、分かったか」
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
ドラゴンへの問いかけは殿下なりの冗談だったのでしょう。しかし、まるで全てを理解しているかのようにドラゴンが吼えました。
「おい、マジか。まさか言葉が伝わっている?」
「グォッ!」
「なるほどなるほど。じゃぁ地面すれすれで森に突っ込む、できるか?」
「グオオッ!」
「ははっ、良い子だ! 妖精より話が通じるぞ。これなら意外に早く終わるんじゃないか?
ドラゴンと楽しそうに会話される殿下はまるで絵本の中の勇者のようです。絵本の勇者は白い鳥に乗って戦っておられたのでしたか。白い鳥……、白い、ドラゴン……? まさか、今の光景は本当に伝説の再現とでも言いますの?
「ようし、パパッと飛んで行って、パパッと終わらせよう」
「グオオッ!」
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