276. ムニ姫

 ふぅ、危なかったー。

 お酒マンったら、いきなり死亡フラグ立てるんだもんなぁ。


 映画とか漫画とかアニメとかだと、戦場に行く直前に「帰ったら結婚しよう」なんて言った登場人物はだいたい死ぬんだよ。そうすれば物語の悲劇性が上がって盛り上がるからね。薄れた前世の記憶の奥底に、それを死亡フラグって呼ぶという知識が残ってたんだ。いやー、たまには前世の知識も役に立つってもんよ。


 で、お酒マンほど強い人が死んじゃう状況って言えば、そりゃもう魔王しかないでしょ。

 みんな魔王魔王言って騒いでたけど、私が勇者と口走っちゃったから騒いでるだけで本当に魔王なんて出てくるとは思ってなかった。だけど最近の話の流れ的にホントに出てきそうな雰囲気なんだよね。

 そんな状況で超つよいお酒マンが死亡フラグを立てるんだから、もう焦ったってもんじゃなかったよ。


 でもまぁ、もう大丈夫だ。

 魔王には騎士たちを向かわせることになった。ついでに勇者くんと聖女さんも向かわせるように言っておいたから完璧だって。

 魔王と言えば勇者、そして聖女。聖女パワーがピカーってなって勇者が強化されたり魔王が弱体化されたりして、死闘の末勇者が魔王を倒すってのが物語のセオリー。だからきっと大丈夫なのだ。

 魔王は南にいるらしいから、とりあえず南側を防衛しとけばなんとかなるでしょ



 そんなことを思いながら、今私はすごく大きい手押し車に乗って冒険者一行に付いてきている。冒険者たちが西の森へ木を取りに行くって言うからついてきたのだ。

 だってお酒マンも行くって言うんだもん。今のところお酒マンは普段通りだけど目が離せない。死亡フラグ回避のためにちゃんと見張っとかないとね。


 お城の人にはだまってこっそりついてきたから、今ごろ鳥籠メイドさんは私がいないことに気づいて踊り狂ってるかもしれないな。でも、それはしょうがない犠牲だったのだ。うんうん。

 ちなみに、冒険者たちに私の存在は速攻バレた。


 たぶん私が乗ってるこの大きな手押し車で木を運ぶつもりなんだろうな。同じようなドデカ手押し車が10台以上ある。


「がはは! 妖精様XXXXXXX!」

「はっはっは! XXXXXX!」


 相変わらず冒険者の言葉は聞き取りづらい。

 学校で正しい文法ガチガチの英語しか習ってない小中学生が、ネイティブ英会話を聞き取れないのと同じ理由だと思うんだよね。たぶん言葉づかいがフランク過ぎるんだよ。お城の人たちが「ですます口調」だとしたら、冒険者たちはきっと「べらんめえ口調」に違いない。てやんでーべらぼーめー。


「ムニムニ」

「ムニムニムニ」


 ムニムニとムニ姫様もいる。

 びっくりしたんだけど、ただの通訳かと思ってた人はムニムニのお姫様だったらしいのだ。どうして同じムニ族なのに男はドワーフみたいなずんぐりむっくりボサボサの小さいオッサンで、女はモデルみたいなスラッとした美人さんなんだろ? これが進化の神秘か。

 ムニ姫様はこの国の言葉も話せるんだけど、シャイなのかずっとムニムニ同士でしゃべってる。ムニムニ姫と7人の小人たち……、白雪姫かっての。


 ムニムニたちに関してはわからないことばかりだ。

 どうして私たちを襲ったのか、それなのにどうして今は味方みたいな扱いなのか。何もかも全然わからない。

 かろうじて1番えらそうなムニがムニムニたちのリーダーなんだろうことだけはわかった。あのムニがムニリーダーにちがいない。

 ムニ姫は王族だって言うから、ムニムニたちはムニ姫を守る近衛騎士みたいな役職なのかもしれないな。だとすればあの強さにもうなずけるよね。そうするとムニリーダーは近衛騎士団長様だ。えらそうにしてるのも納得だね。



 そうこうしてると目的地が近づいてきたらしい。森はどれも同じような木ばっかりなんだけど、進行方向の特定の範囲だけ種類の違う木が生えてるっぽい。だけど、あれ? なんか見覚えあるな、ここ……。


 あ、そうか。

 西隣の国にいたおじゃーさんに手紙を渡しに行ったとき通った場所だ。端っこの方にあのとき見たお墓もある。間違いない。そのとき転がってた馬車は今ないけど、どかしたのかな?


「ムニムニ!」

「ムニムニ!」


 目的の木が近づいてくるとムニムニたちのテンションが上がっていく。よっぽどあの木が欲しいんだろう。毛むくじゃらで表情がわかりづらいのに、それでも喜んでるのがわかるくらいハイテンションだ。

 そしてムニムニの1人が木に走り寄っていく。と思ったらいきなり尻餅をついて放心しだした。なんだ、何ががあったの?


「ムニムニムニムニムニムニムニムニ! ムニムニムニムニムニムニムニムニ! ムニムニムニムニムニムニ!」


「ムニ」


「ムニムニムニムニムニムニム! ムニムニムニ! ムニムニムニムニムニムニニムニニム!」


「ムニ」


 放心していたムニが突然すごい勢いでしゃべりはじめ、それに対してムニリーダーが全てを悟ったような短い相槌をうっている。

 ダメだ、わからん。普通の木に見えるけど、そんなに興奮することある?


「ムニムニ」

「ムニムニム」


 どんなやり取りだったのか、他のムニたちが恐る恐る木に手を伸ばす。そして手が触れた瞬間……。


「ムニムニムニムニムニムニムニムニ! ムニムニムニムニムニムニムニムニ! ムニムニムニムニムニムニ!」


「ムニ」


「ムニムニムニムニムニムニム! ムニムニムニ! ムニムニムニムニムニムニニムニニム!」


「ムニ」


 また大興奮だ。なんか知らないけどすごく息切れしてる。そんな興奮することあるぅ?

 試しに私も恐る恐る木にさわってみたけど、……特になにもないよ? 手触りがすごく変だとか触れると電気が流れてビリビリするとか、そんなことは全くない。なんなの? ムニムニは何に大興奮なの?


 よくわからないまま、お酒マンが魔法で土を動かして木を根っこまでまるごと掘り出した。他の冒険者たちが根っこを土ごとロープでグルグル巻きにして運びやすくして、次々に大きな手押し車に乗せていく。すご。

 木を運ぶって言うから私の出番もあるかもなって思ってたけど、全然私必要ないや。


 木を引き抜くのは数日かかるのかなって思ってたけど、たった2時間くらいで終わっちゃった。

 ムニムニたちも大喜び、良かったね。

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