271. 解説

 まーた、俺が居ない間に面白そうなことが起こっていたらしい。


 西への遠征は結局、転がっていた馬車とその周りに生えていた木を見つけただけだった。その後、馬車を解体。西の辺境伯令嬢エレット嬢が解体した馬車を王都へ届けると言うので、とりあえず俺達も同行して戻ってきたのだ。

 遠征資金は妖精が出したとは言え、総勢50名弱が参加した遠征でほとんど成果を得られなかったのだ。妖精案件じゃなけりゃぁ叱責どころの話では済まなかったぞ。勘弁してくれホントに。


 俺がそんな退屈な旅をしている間、東へ行っていたティレス達は神域の民という奴らに襲われたらしい。妖精剣の冒険者が妖精の身体強化を受けて妖精剣を使い万全の状態で戦って、それでもなお劣勢に追い込まれた程の強者だと言う。

 そしてそんな強者をこの妖精バカがドラゴンで河に流したのだと。それを見ていた観衆は大盛り上がりだったそうだ。クソ、俺も観たかったぜ、そのヘンテコだったというドラゴンの動きをよ。



 それで、今は神域の民との話し合いが行われている。主要な参加者は、陛下父上王妃母上と兄上、それからエフィリス姉上にティレス、そして俺、さらに何故かエレット嬢も参加している。


 相手側は神域の民と、その通訳としてカティヌールの姫だ。あの姫さん、語学堪能でかなりの言語を扱えるのだとか。その素晴らしい語学力でぜひこの妖精バカの真意を聞き出して欲しいものだぜ。


 そう思い俺は会議室のテーブルのど真ん中を見る。そう、この妖精バカも話し合いに参加しているのだ。

 話を分かっているのかいないのか、相変わらずキョトンとした顔をしてやがる。何故1人だけクッキー食べてるのかね。


 意識が逸れてしまったな。今は魔王の話だった。

 文官が各地の伝承を一通り説明して出席者の認識を合わせた後、神域の民にはどのような伝承があるのかを問うたのだ。

 すると神域の民が通訳カティヌールの姫を通して魔王の名はガルムだと言ったことで、今現在場は騒然としている。俺が少しばかり現実逃避して他の事を考えてしまうくらいには。

 ガルムと言えばガルム期しか思い浮かばないが、何か関係があるのか?


「ムニムニガルムムニ」

「……ガルム期という名詞は知らないそうです。ただ、太陽がに隠れて暗くなる時期があることは知っておられるそうでしてよ」


「……、とは?」


「ムニムニムニ?」

「ムニムニムニ、ムニムニムニムニ? ムニムニ、ムニムニムニ」


「……空に浮かんでいるだろう、と。この星を取り巻いているっかのことだ、だそうですわ」


「星? 夜空に浮かぶ星か? それを取り巻くっか? すまないが、意味が分からん」


「ムニムニムニ。ムニムニム? ムニムニ、ムニムニムニムニ。ムニムニガルムニムニムニムニムニムニ」

「……馬鹿なのか? 足元のこの大地のことだ。過去3つあった衛星の1つが魔王ガルムに壊されになったのだ、と言っておられます」


「なんだと? つまり俺達は星の上に居るって? 意味が分からん。それに衛星とは何だ?」


 疑問は出るばかりで何1つ解消しない。何を言っているのだ、こいつらは。地域文化が異なると通訳を通してもここまで話が通じなくなるとは。

 そんな憤りを感じていると、予想外の者が発言を始めた。


「――あ、あ。テステス、テステス。うん」


 妖精だ。テステス? また知らん単語が出てきたぞ。


「その人、"双子神"を、衛星、言ってる」

「おお、妖精様。それは誠でございますか」


「その人、"橋"を、と言ってる」

「なんだと!?」

「おお!? では、"橋"が魔王由来のモノだったということですか!?」


「話、全部本当、なら、"双子神"は昔、3つあった。"三つ子神"? その1つ、魔王が、世界焼く炎で、こわした」


 おいおいおいおい、急に賢くなったぞこの妖精バカ。何か変なモノでも食べたのか? そのクッキーか? 誰だこのクッキーを用意したのは。

 いや、こいつは初めから全て知っていた?


「その炎、"塔"に見えた。こわれた"三つ子神"、"橋"になった。残った2つ、"双子神"なった」


 会議室に響く妖精の声。最早誰も何も言えない。ただ静かに妖精の言葉を聞くのみだ。一言一句聞き逃さないように。


「"橋"に太陽、隠れ、暗くなった。ので、昼を夜にした魔王」


 そこまで言って妖精は口を閉ざした。

 待てどもその続きが説明されることはない。そこまで言ったのなら洗いざらい全て今ここで説明してくれよと思うのは俺だけではないだろう。いったい妖精こいつはどこまで知っているのだ?


「ムニムニ! ムニムニムニムニ!」

「……妖精様、彼らは魔王の封印補強に手を貸して欲しいと懇願しております。どうか、彼らにお力を」


 それを聞いた妖精はしばらく首をかしげ、ふとどこかへ飛んでいってしまった。そしてすぐに戻ってきて1枚の紙を神域の民に突き付ける。


「ムニムニ! ムニムニムニムニ!!」


 なんだ? それ程騒ぐようなモノか? 俺には丸の中に点が描かれた落描きにしか見えないのだが……。先程の魔王の説明の方がよっぽど驚く内容だっただろう?


「これは!」


 次に驚きの声を上げたのはティレスだった。驚愕の表情で席を立ち身を乗り出している。


「知っているのか? ティレス」


「これは昨年の夏頃、妖精様が作られた果物の瓶詰の用途を私達が質問したときに妖精様が描かれた図です!」


「む? その瓶詰はエネルギアに襲撃された際に敵に投げつけたのだったか? その際に壊れた馬車が、俺が遠征で確認した馬車……。そして、その馬車の周りには神聖な木が生えていた……」


 マジか。話が繋がってきたぞ。どう見ても繋がらなさそうだった無茶苦茶な行動や指示がここに来て全て繋がり始めている。

 妖精こいつが作った瓶詰を王城の者が発見したのは昨年夏頃って話だ。その時点で中身の状態的にしばらくの間放置されていたのだろうと予測されていた。つまり、それよりもっと前、妖精こいつが王城に初めてやってきたその直後に作ったことになる。マジかよ、1年以上前の話だぞ?


 西の森の中で横転した馬車の周りに神聖な木が生えていたことは既に報告をあげている。この場の者は神域の民以外は周知の事実だろう。その証拠として皆に驚きの表情が伝播していった。


「ムニムニ! ムニムニムニムニ!」

「あの……、その紙に描かれた点の位置が……、魔王とその配下を封印している聖樹の生えている位置関係と同じなのだそうですわ」


「まさか! おい、ちょっとその紙を見せてくれ!」


 ひったくる様に受け取った紙を改めてよく見てみる。きったない絵だな……。いや、そうじゃない。おい、この位置は……。


「エレット嬢、馬車が横転していた現場を詳しく調べていたよな。その資料を今出せるか?」


「は、はい。念のため準備しておりましたわ。……これです」


「ああ、ありがとう」


 ……やっぱりだ。

「馬車の周りに生えていた木と、この図の点の位置が一致している」


「まさか!? 私が敵に投げた瓶詰から、妖精様が描かれた図と同じ位置に果実が散らばって木が生えてきたと言うのですか!? あのとき私は適当に投げたのですよ? そんな偶然の一致なんて……っ!」


 ティレスが驚愕の声を上げる。

 それはそうだろう。これまでどれ程都合の良い展開が起きたとしても、それは妖精こいつが仕組んだ事だったと理解できる。妖精が魔王封印の位置を知っていたのなら同じ位置関係で図を描けるだろう。

 しかしティレスが適当にぶちまけた種が事前に描かれた図と同じ位置に散らばるなんて、そんな偶然あり得るか?


「ムニムニ、ムニムニムニ。ムニムニムニムニ、ムニムニムニムニ」

「……偶然ではないかもしれないと言っておられますわ。妖精は幸運を運び込む存在。偶然に一致するという幸運も妖精の力かもしれない、と」


「おいおい……」


 それだと幸運の解釈次第でなんでもありになるじゃねぇか。妖精こいつ自身が魔王でしたってオチじゃねぇだろうな?

 件の妖精は、やっぱり何も分かっていないかのようなキョトンとした顔で首を傾げ、クッキーを食べていた。


 ……俺もそのクッキーを食べれば、妖精お前みたいになれたりするのか?


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