270. 伝承

「ふむ、妖精様がこの本をお持ちになられたと……」

「しかしお兄様、ただのボードゲームの指南書にしか見えないのですが……」


 私達の前には1冊の本と1つのボードゲームが置かれている。本の方は妖精様がシルエラのもとへ持ってこられ、その後シルエラがここへ届けたのだ。ボードゲームは妖精様が愛用されていたモノで、捕らえた賊の1人が持っていたのを回収した。


 それまで私とお兄様、魔術師団長、そして数人の文官達は神域の民の処遇と今後の魔王対策に関して話し合っていた。

 王城に残っていた書物や行商の者達からの聞き取りで、神域の民が魔王の封印を守っているということは南方諸国では広く認知されている話であると調べが付いている。


 捕らえた賊が本当に神域の民であるなら、何かしら罰則を与えつつも解放して魔王対策に協力すべき。そのため彼らが本当に神域の民であるかの判断材料と、その後の魔王対策のための情報を共有、精査しているところだったのだ。

 そこへ、この1冊の本が持ち込まれた。


「しかし姫様、このボードゲームは今現在かなり重要な物に思われますぞ。以前にもお伝えしましたが、いにしえの大規模召喚儀式を秘密裏に後世へ伝えるために作られたのがこのゲームの由来であると言われておりますのじゃ」


 魔術師団長が神妙な顔でそう言う。

 そう言えば、その召喚儀式を使ってエネルギアの魔術師クソジジイがあのドラゴンを召喚したのだったか。

 これは表向き巡礼の旅をモチーフにしていることになっており、かなり広く普及しているボードゲームで一般には召喚術が関連しているなど知られていない。


「襲ってきた彼らも戦闘時にドラゴンと発言していました。取り調べの際には王国がこのボードゲームでドラゴンを召喚したのではないかと疑っていましたね」


「そうだね、ティレス。彼らが言うにはこの中央のマークは魔王の紋章とのことだ。それは本当なのかね、魔術師団長」


「それはワシも初耳でしたぞ。召喚用の魔法陣でしかないと思っておりました」


 このボードゲームの中央のマークは一般には由来不明となっている。そのため庶民向けに作られた物はデザインが変えられていたり、製造元のロゴマークとなっていたりする。

 しかし伝統を気にする貴族向けに作られる場合は、古くから同じデザインのマークが描かれていた。


「妖精様が無駄なことをなされるとは思えません。ただの指南書にしか見えないこの本に、魔王の紋章に関しての情報が隠されているのでしょうか?」


「その可能性はあるね。後程調べさせよう」


 魔王の伝承は総力を挙げて調査中だ。しかし様々な伝承があり、妖精様が危惧されておられる魔王がどの伝承の魔王なのか未だ分かっていない。

 最も有名な魔王の伝承は南方諸国の"塔"派の神話だろう。魔王が雲をも貫く非常に高い1本の柱を建て、それが"塔"になったという話だ。


 どの伝承の魔王に対処すべきか不明なまま、"双子神"様の逆流の時期となってしまった。そのため騎士団や魔術師団の多くの人員は災害復旧のため北へ派遣され、調査人員は削減されてしまっている。

 そのままでは調査は難航していただろうが、対処すべき魔王が神域の民に関わる魔王に絞ることができ、さらにこのボードゲームが調査のヒントになるのなら調査の進展も期待できるかもしれない。


「神域に封印されているという魔王ですがのぅ、その魔王も地域によって伝承されておる内容はかなり違うようなのですじゃ」


「どう違うのですか?」


「そうですな……。神域に封印されたという共通点はあるものの、封印のされ方は神に封印された、勇者が魔王と戦って封印した、など様々ですのじゃよ。その魔王が犯した悪行も、強大な炎で夜を焼いたとされるものもあれば、逆に昼間でも暗い夜にしたと統一性がありませぬな」


「昼間を夜に……、まるでガルム期のようですね」

 春と秋にあるガルム期は、"橋"に太陽が隠れるため昼間でも暗くなるのだ。現象だけ見るとかなり似た話に見える。何か関係があるのだろうか。魔王による災害が偶然ガルム期に重なったため、昔の人々が暗くなった原因は魔王の仕業であると勘違いしただけかもしれない。


「炎で世界を焼いた強大な魔物の話なら、聖王国の神話にも出てくるとエフィリスから聞いたよ。その魔物の脅威から民を守るために精霊から光の玉を授かったことになっているらしい」


「なるほど。大昔に世界的規模で影響を及ぼす強大な魔物が居て、それが魔王と呼ばれ各地で伝承となっているのでしょうか」


「どうだろうね。妖精様が気軽に光の玉を作るものだから、エフィリスは聖王国の伝承にはかなり懐疑的になっているみたいだけどね」


 そう言ってお兄様は笑った。

 聖王国の神話は私も少し学んだが、大いなる神が大きな代償を払って用意した光の玉を、その使いである精霊がこれまた大きな制約を払って地に下りて聖王国に授けたことになっている。

 しかし、妖精様に代償や制約があったようには見えない。妖精様を見ていると神話や伝承に懐疑的になるのも頷ける。



「彼らへの罰は一旦保留にして、まずは彼らから魔王に関する情報を洗いざらい引き出す方が良いかもしれないね。牢からは出すが、彼らが聖域の民と断定できるまでは軟禁させてもらおう。そして、彼らの魔王に関する情報を得ることが先決だ」


「そうですな。それに、早い段階で陛下や王妃殿下にも話し合いに参加して頂きたいですのぅ」


 今後の対応に関してある程度の方向性が決まった翌日、勇者として西へ旅立たれていたクレストお兄様がご帰還された。


 このタイミングで勇者の帰還。

 どこまでが妖精様の思惑通りなのだろう。


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