253. 悪役王女

「やぁ、調子はどうですか? ニナグレース殿」


 婚姻の打診のためわたくしが滞在させて頂いているファルシアン王城敷地内の離宮。そこを訪れてくださいましたアーランド様がそう笑いかけてくださります。


「あら、昔のようにニーナと呼んで頂いても宜しいのですわよ? アーランド様」

「ははは、昔とは既に立場が違う。それはあなたも理解しているでしょう?」


 わたくしの茶色い髪とは異なり貴金属のような美しい金髪に爽やかな笑顔。しかしどこか余所余所しい言葉使い。改めてもう2度と手に入らない幸せなのだと思い知らされますわね。

 幼い日に出会いそして婚約したあの頃がどれほど幸せだったことでしょうか。アーランド様との婚約は政略的な理由ではありましたが、それでも私は将来を共にするパートナーとして間違いなくこの方を愛しておりましたの。地理的な隔たりがありあまりお会いすることはできませんでしたが、2~3年に1度に更新されるアーランド様の姿絵を見て育ったのです。愛情が芽生えない筈などありませんわ。


「ええ、そうですわね。……中に入ってくださいまし。ゆっくりとおはなししましょうではありませんか」

「いや、様子を見に来ただけですからね、すぐに戻りますよ。エフィリスの手前あまり長く他の女性の元に居る訳にもいきませんから」


「……左様でございますか」


 エフィリス様も綺麗なピンクゴールドの髪でしたわね。

 目をつむるとあの素晴らしい結婚式が今でも鮮明に思い出されます。あのような素晴らしい式を見せられてはわたくしの出る幕など微塵もないと思わざるを得ません。


 ファルシアン王国やリアセイント聖王国のような北方諸国の王侯貴族は美しい淡い髪色をされております。

 反対に南に行く程、"塔"に近い程に髪色や瞳の色が濃くなりますの。カティヌールよりもさらに南の国々では色が濃い程力強く良いとされ、黒目黒髪が貴ばれているとか。

 しかしカティヌール王国は"塔"派の中では最も北に位置する国。淡く煌びやかな美しい髪色でもなく、濃く力強い色でもない中途半端な色なのですわ。


 その中途半端さは現在の国の立ち位置にも反映されてしまっているのでしょう。"塔"から遠いという理由で南方諸国からの扱いがあまり宜しくないカティヌール王国は、ファルシアン王国と繋がりを持とうとしました。それがわたくしとアーランド様の婚約理由だったのですのよ。


 しかしながら、その婚約は昨年春に破棄されてしまいました。ちょうど1年程前ですわね。

 昨年春のファルシアン王国は非常に思わしくない状況だったとのことです。我々カティヌールはそんなファルシアン王国を見限ったのですわ。


 同じ"塔"派である南方諸国から長く冷遇され、"橋"派の北方諸国からも文化の違いで長らく軽視されてきた我々カティヌールという国は、広く浅い交流を持つようになっておりました。わたくしは最近まで存じ上げませんでしたが、我が王国は広範囲に諜報員を放ち様々な国の裏事情に精通していたそうなのです。

 そのためカティヌールは早い段階で、ファルシアン王国がサルディア帝国とエネルギア王国に様々な工作を仕掛けられていることを知っていたのですわ。


 ファルシアン前国王はとても優秀だったと聞きます。エネルギア王国と友好を結び、国土拡大を目論む大国サルディア帝国を退け続けていたそうですの。とは言え、子育てはそれ程優秀ではなかったご様子。

 代替わりされた後、優秀な前国王に鍛えられた前宰相をサルディア帝国とエネルギア王国が暗殺してファルシアン王国は見る間に衰退。現国王ではその衰退を止められないとカティヌールは判断したのです。

 よって、早い段階でファルシアン王国の危機を知っておきながら助けるようなことはしませんでした。その時点でカティヌール王お父様はファルシアン王国の滅亡を確実視したのですわ。


 そうした理由で、高く険しい山々を超えてやってこられたアーランド様の食糧援助を断るばかりか、カティヌールはファルシアン王国との繋がりを断ったのです。我が王国ながらなんという仕打ちなのでしょう。



 しかし妖精様の顕現で全ての状況が変わり、ファルシアン王国は持ち直しました。それどころか今や北方諸国の中では頭1つ以上抜き出た存在にまでなっていますの。

 その状況を見て、どちら付かずの国柄が染みついてしまっている我がカティヌールはエネルギアとの繋がりを残したまま妖精様の力にも欲を出したのです。妖精様の力欲しさにファルシアン王国との繋がりを再び持ちたいと判断されたのですわ。

 そうした経緯でわたくしは国から送り出されました。アーランド様の側室か第2王子との婚約、もしくはファルシアン王国内の高位貴族との婚約を決めてこいと言うのです。


 今の状況でアーランド様の側室はどう転んでも無理でしょう。ファルシアン王侯は早い段階で側室を娶るようなことはしないそうです。正妃との間に長く男児が誕生しなかった場合にのみ側室を娶る文化のため、わたくしが現時点でアーランド様の側室の立場を勝ち取るのは文化面から見て難しいでしょう。

 そうでなくとも我がカティヌールは現在、ファルシアン王国から相当嫌われておりますのよ。国民感情的にあり得ない雰囲気なのです。よって第2王子や有力貴族との婚約も難しいでしょう。第2王子とは会えてすらおりません。


 ファルシアン貴族は、現在地方貴族であっても妖精様との繋がりを求めて王都に集まってきているそうです。ファルシアン王都の貴族街は王城傍ですから、距離的には会うことは難しくありません。しかし会えはしないでしょうね。監視の目がありますから。


 わたくしが居るこの離宮には、自国から連れてきた2人の護衛と5人の侍女の他にファルシアン王国側が付けてくださいました1人の侍女が居ります。このファルシアンの侍女は監視に違いないのですわ。


 エネルギア軍は、ファルシアン王国の侍女1人が放った大規模攻撃魔術で壊滅、敗走させられたらしいのです。この気の弱そうに見える何の特徴もない侍女も、そのような大規模魔術を行使できる可能性があると思いますと戦慄しますわね。

 優秀な間諜は見た目の特徴のない者が多いと聞きますから、この平々凡々な侍女もそういう類なのでしょう。その監視を搔い潜って貴族街へ繰り出すのなど困難極まりますわね。



 それでも、1度婚約破棄をしている身、2度目の今回は絶対に失敗できないのです。この婚約を成功させなければわたくしの未来は暗いものとなるでしょう。

 すでに社交界では恥知らずの尻軽女と噂がながれております。今回失敗すればカティヌール第3王女の地位があれども、次の婚姻はあまり宜しくないお相手に限られるのです。そうなればわたくしの王族としての価値は無いと言っても過言ではありませんわ。


 自国から連れてきた従者もわたくしの監視です。

 少なくとも何らかの成果を上げなければ自国の監視からどのような報告が上がるか分かりませんわ。何もせずただ自国に戻れば政争で追い落とされるのは目に見えています。せめて自国に有利なファルシアン王国の情報を引き出せれば良いのですが……。



 ああ、神様。カティヌール王族の中で最もファルシアン王国を思っていた私が、カティヌール王族の中で最もファルシアン王国を裏切ることになるのです。何という皮肉でしょうか。これではまるで、わたくしだけが悪役ではありませんか。


 妖精様は慈悲深いと聞きます。こんな私にも手を差し伸べてくださるでしょうか。

 いえ、ないでしょうね……。

 妖精様の慈愛は全てファルシアン王国に向けられていますわ。その証拠に敵対したサルディア帝国やエネルギア王国には徹底した処置が取られたと聞きました。王太子妃となられたエフィリス様の出身国である聖王国に攻め入ろうとした軍には、ドラゴンをけしかけ皆殺しにしたという噂もありますのよ。

 ファルシアン王国の敵と見なすことができる今のわたくしでは、慈悲を向けられるどころか排除対象に違いありませんわ。


 あれ程険しい山々を越えてようやくたどり着いたこの王国には、わたくしとって絶望しかないのです。昨年険しい山々を越えてこられたアーランド様もこのような絶望を味わっておられたのでしょうか。


 ああ、わたくしは全てを投げ出して逃げてしまいたい。この国も母国も関係のない遠い地でひっそりと暮らせればそれで良いと願わざるを得ません。

 昨年アーランド様に妖精様が手を差し伸ばされたように、わたくしにも手を差し伸べてくださる方は現れてくださるでしょうか。そんな奇跡がわたくしにも……。


 ――ふぅ。

 バサバサバサバサッ!


 思わずついたわたくしの溜息でアーランド様のマントが激しくはためきます。それ程大きな溜息だったでしょうか……。まるで嵐の風のようなはためき方でしたが……。


「あはは。このマント、少しの風でもすごくはためくのですよ。……それでは、そろそろ行きますね」

 そう言ってアーランド様が背を向けました。


 空を見上げると"塔"が見えます。

 しかし、この地で見ると確かに"塔"と言うよりは"橋"に見えますわね。カティヌールでは"塔"にも"橋"にも見えなかったのですが……。

 やはりカティヌールは何においても中途半端なのかもしれません。


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