七章 勇者と魔王

247. おお勇者よ

「おお、勇者よ! よくぞ来た」

 軍楽隊の演奏の後、謁見のに小さな、それでいて何故か良く通る高く澄んだ声が響く。


 謁見しているのは何故か妖精から勇者と呼ばれる俺1人。謁見相手は国王陛下父上ではなく、その横に浮いている妖精だ。

 謁見のために意図的に厳かな雰囲気を作り出しているこの場に、妖精という幻想的な存在と響く美しく澄んだ声。吟遊詩人でもいれば飛び付いて詩にするだろう。後の世で伝説の一部となっていてもおかしくないと思える光景だ。


 そんな状況で第一声に放たれた言葉は勇者。

 突然執り行われることになったこの謁見は、事前に開催理由や内容などは一切通知されていない。しかし公の場で俺を勇者と呼ぶからには、勇者に関連した何かしらの話があるのだろうという推測ができる。

 妖精が俺達に対して明確な意図を示すのはこれが初めてだ。周りの者も緊張を高めているのが分かる。


「勇者よ、西へ向かえ」

 次に放たれた妖精の言葉に周りがザワついた。

 西……? 西に何かあったか?

 詳しい説明を待ってみたが、妖精はそのまま黙り込んでいる。ザワついていた周りも次の言葉を待って次第に静まっていき、そしてシンとなってしばらくしても妖精は未だに次の言葉を発さない。

 ……まさか、これで終わりか? このままただ西へ向かっても何か成せるとは思えんのだが。まさか、こいつ何も考えていないとかはないよな? これ程重鎮を集めた謁見だぞ?


「……発言を宜しいか?」

「……はい」

 発言を求めると、しばらくの間を置いて許可が出る。答える気はあるようだ。


「西とは、具体的に何処でございましょう?」

「……」

 無言かよ……。答える気はないのか。


「では、いつ西へ向かえば宜しいか?」

「すぐ」

 急げってか。無茶言うなよ。西のどこかも分からないんだ。せめて距離だけでも分からんと物資の準備すらままならない。



「勇者の魔王討伐物語は有名です。妖精様がこのわたくしを勇者と認定して育てている。そのため世間では魔王が復活するのではないかと噂されるようになりました。妖精様は魔王が復活すると思われておられるのですか?」


「……人の行い、未来、決める」

 また周りがザワつき始める。人の行いが未来を決める? つまり、俺達の行動次第で魔王が復活してしまうかもしれないってことなのか? それとも俺達の行動次第で魔王復活を阻止できると?


「此度の西への遠征は魔王復活に関係が?」

「これを……」

 妖精がそう言うと、1本の棒がふわりふわりと俺の方へ飛んできた。肘から手首程度の長さの短い木の棒だ。片側に布が巻かれていて持ち手のようになっている。そのため武器のように見えないこともないが、駆け出し冒険者ですらもう少しまともな武器を持つだろう。


「これは?」

「持っているだけでは、無意味……」

 ふむ。何かしらの条件を満たすと何らかの意味が出てくるということか。こんな場でわざわざ出してくるだけあって、流石にただの木の棒ではないらしい。


「勇者よ……、西へ向かえ」

 その発言とともに、今度は1つの箱がふわりふわりと近づいてくる。これは商業ギルドがかねを運ぶ際に使っている箱だな。これが今回の軍資金と言う訳か。

 そういや妖精は、商業ギルドが作り出す妖精関連の商品でしこたま金を貯め込んでいるって話だったか。うーむ、兄上やティレスなら妖精様が今回の遠征のために金を貯めていたとか言うんだろうなぁ。


 そんなことを考えていると、満足したのか妖精は謁見の間から出ていってしまった。どうやらこれで終わりらしい。慌てて軍楽隊が謁見終了の演奏を始める。それに合わせて国王陛下も退場なされた。


 ……国王陛下父上、一言も喋らなかったな。


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