240. 聖王太子

 聖女マリーを連れた精霊様が飛び回り「監禁、監禁」と連呼されている。それに対してマリーが静かだ。死んではいないようだが、気絶している?

 それに、精霊様が連れてきたもう1人はマリーが先々代聖女様を襲わせたという男か。そして割れた光の玉の破片……。

 全てお見通しと言う訳だ。流石超常の存在、我々の想定など容易に超えてこられる。潮時か……。



 聖王太子となった僕は、これまでずっと危機感を抱いていた。

 聖王国は小国だ。国の重鎮達は認めないが、第三者視点で見たときの聖王国は小国と言わざるを得ない。そんな中、近年周辺諸国の領土戦争が激化の一途を辿っている。


 これまでは良かった。結界に守られていたのだから。聖王国に張られていた結界があれば他国から侵攻を受けることなんてない。

 しかし、結界は本当に永続するのか? 聖女に次代の聖女候補となる女児が産まれなかったとしたら? 聖女が次代を産む前に他界した場合は? 別の聖女候補に挿げ替える?

 だが聖女候補などいつの時代も数人しかいない。流行り病で聖女候補が軒並み倒れないという保証はどこにもないのだ。


 そのような大事にならなくとも、聖女の知識が次代の聖女に正しく引き継げなかったとしたらどうか?

 古い文献を確認すると、代を経る毎に聖女の能力は低下してきていることが分かる。であれば、この先いったい何代先までの聖女が結界を張り続けられるのだろうか。

 1度その考えが浮かんだ僕は、拭い去れない恐怖を持ち続けることになった。だから僕は、未来の聖王国を結界に頼らない国にしたかったのだ。



 そうして僕は、結界の外の力を求めた。結界に閉じ籠り外との交流が極端に少なかった聖王国は、ハッキリと言って周辺諸国に比べ技術力が劣り過ぎている。

 それから何度もの失敗や苦労を積み重ねてようやく大国の1つである帝国との繋がりを持ち、皇族とマリーの婚約まで漕ぎ着けた。


 思えばあの頃が最も成功していた時期だったと思う。帝国の要求により結界を張ることができる聖女候補のマリーを他国に出すのは躊躇われたが、その見返りは十分にあった。聖王国は帝国の進んだ技術力を享受し、他国から侵攻を受けた場合は助力を得られる関係を築いていたのだ。


 帝国はあと1~2年以内に西隣の蛮国を併合できる見込みだった。そうなれば帝国は周辺諸国から頭1つ抜け出た超大国となっていただろう。

 マリーの婚約相手である第2皇子を次期皇帝に押し上げるため、蛮国攻めには我々も微力ながら協力していた。第2皇子が皇帝となれば、聖王国の立場はより強力なものとなる筈だったのだ。


 それが、どうしてこうなったのだろう。帝国は蛮国に負けた。

 全く予想などしていなかった。工作に工作を重ね、勝利はほぼほぼ確定していたのだ。蛮国は帝国の工作を受け満足に食事も取れない状況だったらしい。さらに、詳しくは知らないが蛮国攻めには魔法大国と呼ばれるエネルギア王国も関与していたのだ。だと言うのに、蛮国は半年で全てをひっくり返した。帝国は惨敗だったらしい。


 第2皇子が蛮国に捕虜に取られ、蛮国攻めに積極的だった第2皇子派の力は急速に衰えた。そして第2皇子とマリーの一方的な婚約破棄を告げられる。おそらく帝国は第2皇子を切り捨てるつもりなのだろう。第2皇子派の力が衰えた今、第1皇子派が活発に動き回っているという。今後は聖王国が帝国から恩恵を受けるのは難しいだろう。

 僕は途方に暮れた。何年もかけてようやく外の大国との繋がりを持てたというのに、その大半が無駄になってしまったのだから。


 そんなときだ、蛮国から蛮国王太子との婚約者打診の連絡があったのは。外の力を取り入れ強い聖王国を実現したかった僕は、その話に飛び付いた。

 帝国からは蛮族のような民ばかり集まった正に蛮国と呼ぶに相応しい下等な国と聞いている。しかし現実として蛮国は帝国に勝ったのだ。多少文化的倫理的に劣っていたとしても、国力のある大国には違いないだろう。


 今にして思えば、蛮国王太子の相手を聖女家系から選ぶ必要などなかったのかもしれない。しかしその時ははやる気持ちがあり冷静ではなかったのだろう。

 帝国第2皇子の婚約相手選定の際、帝国から聖女家系である条件は必須だと強く言われていたことで、蛮国王太子の相手も聖女家系である必要があると思い込んでいた。そんな指定など無かったのに。


 そうして僕は、前聖女エフィリスを蛮国に出すことにした。

 マリーが蛮国行きを強く拒否したという理由もある。だがそれだけではない。マリーの帝国での経験や人脈が欲しかった。この期に及んで僕は、帝国との繋がりを捨てることができなかったのだ。

 エフィリスは僕と婚約関係だったが、正直愛着などなかったことも大きい。エフィリスは常に聖女の仕事か王妃教育で時間を取られており、僕と会う機会など全くなかった。そのような状況で相手に愛着を持てと言われても不可能な話だ。


 しかしこの選択は非常に後悔している。

 失って初めてその価値に気付くとは良く言ったものだ。知識としては知っていたが、体験してみなければ実感など得られない。エフィリスを失ったことでその重要性を痛感し、それに比例してマリーへの不信、不満が溜まっていった。


 血を分けた同じ姉妹なのだから、同じ教育を受けてきた同じ聖女候補なのだから、2人にそれ程の違いがあるとは思っていなかった。まさかマリーがこれ程までに煩わしい女だったとは。


 マリーは煩わしいというだけでなく、結界の維持もできなかった。マリー曰く、本人の力不足ではなく前聖女エフィリスがこの国の精霊様を連れ去ったことが原因らしい。

 僕にはその主張が正しいのか間違っているのか判断ができなかった。僕は精霊様など見たこともないし、結界や精霊様に関しては聖女の方が圧倒的に詳しいからだ。この国の者は、結界や精霊様のことに対しては聖女が言うならそうなのだろうと鵜呑みすることしかしない。

 エフィリスが精霊様を連れ去ったのだと言われれば、そんなこともあるかもしれないという思いもあったのだ。いくら国のためだったとは言え、自身の婚約者に突然婚約解消を突きつけ、直後に冬の最中さなか遠く離れた蛮族の国へ嫁ぎに行かすなど、卑劣な行為であったことは僕も自覚している。さぞ恨まれているだろうことも予想はできていたため、エフィリスが復讐心で精霊様を連れ去ったと考えれば納得のいく話だった。

 しかし、会談での蛮国の主張が正しいのならそれは誤りだったのだろう。


 そうして狂いだした歯車はついに破綻し、聖王国の結界は消えてしまった。直接の原因は僕が光の間に乗り込みマリーと諍いを起こしたからだ。

 結界が消えた際の国力増強対策として動いたことで結界が消えてしまうとは、なんたる皮肉だろうか。

 僕は確かに結界に頼らない聖王国を目指していたが、今結界が消えるのは非常に不味い。結界がなくても国を守れる国力など、まだ全く築けていないのだから。それは僕の代ではなく、何代も先の未来に実現すれば良いと考えていたのに。



 会談で蛮国が示した光の玉譲渡条件は、一聞すると非常に軽いものだった。罪を聖女マリーに被せて切り捨てることで、全てなかったことにしようという提案だったからだ。マリーからすればとても許容できないだろうが、他者からすれば非常に魅力的な提案だ。


 しかしこの提案は罠だろう。条件が軽すぎる。

 この提案をのめば、聖王国は蛮国に大きな借りを作ることになる。その上で蛮国の管理のもと結界を維持することになるのだ。しかも、いつでも解除できるオマケ付きで。


 蛮国とはエフィリスと王太子の婚約という関係を持ててはいるが、以前の帝国のように技術提供も防衛協力も約束されていない。

 このまま蛮国の管理下で結界を展開すれば、蛮国の好きなタイミングで聖王国を無防備にすることができるのだ。


 それだけではない。今代聖女マリーを罪人として監禁した場合、次代の聖女を産めるのは蛮国に嫁ぐ前聖女エフィリスのみということになる。当然、次代の聖女は王族だ。今代聖女マリーが力尽きた後に聖王国が聖女を得ようとすれば、蛮国の王族から提供を請わなければならなくなってしまう。それは聖王国にとって非常に大きな枷でしかない。


 聖王国を生かすも殺すも蛮国次第。それは属国と何が違うのだろうか。結界に頼らない強い聖王国を目指していたというのに、結界により存続を管理される属国になり下がってしまうなんて。



 しかし、潮時だ。

 逃亡した聖女マリー、先々代聖女殿を襲った男、割れた光の玉、そして精霊様。いや、蛮国が言うには妖精様か。

 この短時間でここまで証拠を揃えられたということは、何もかも全てお見通しに違いない。ここから我々がどのような話術や誤魔化し、隠蔽、工作を駆使しようとも、通用などしないだろう。光の玉の奪取に成功すればまだ可能性があるが、それも成功しそうにない。


 幸い、提案を受け入れると今すぐ蛮国に滅ぼされるといった状況ではない。だが、提案を受け入れなければすぐにでも隣国に滅ぼされるだろう。

 不幸なのは妖精様が現れたタイミングか。光の玉を奪おうと既に襲撃してしまっている。そのためここから和平を望んだとしても聖王国の立場は非常に弱くなってしまうだろう。もう少し早く妖精様が現れてくだされば……。

 いや、タイミングも含めて意図的だったのかもしれない。外交経験不足のため妖精様が現れたタイミングはただの偶然だと思ってしまったが、通常の国ならば偶然も演出すると聞いたことがある。意図的にこちらの悪手を引き出されたのか。


 ……敵わないな。流石は外の強国。


「分かった。ファルシアン王国の要求をのもう」

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