238. 会談

 聖王国との会談が始まった。

 お兄様が中心となって対応され聖女様お姉様が補佐されるということで、私は基本的にじっと聞いているだけで良い。

 お兄様から、何かあるとすれば聖王国側が光の玉を本物だと確認できたタイミングだろうと言われている。聖王国が光の玉を奪いに来る可能性があるらしい。


 主に対応されるお兄様とお姉様が私達の中心に着席されている。そしてお兄様の隣に私、お姉様の隣に先々代聖女様という席順だ。

 シルエラも後ろに控えている。通常、国のトップ会談に一介の侍女が同席するなど有り得ないのだが、襲撃される可能性がある今1人だけ別行動をさせる訳にはいかないということでお兄様が強引に同席させた。


 さりげなく会場の兵の配置を確認する。聖王国の常識は知らないが、王国の常識で判断すると出入口周辺や窓際に配置されている兵が多いように思う。まるで要人警護よりも私達を逃がさないことが目的のような配置。本当に光の玉を奪いにくるのだろうか。

 この光の玉を譲渡するとこちらから提案しているというのに、わざわざ奪おうとすることが理解できない。


 それに、魔女あの女がいない。

 お兄様の話では、魔女が施した洗脳の大半は既に妖精様が解かれたらしい。流石妖精様だ。自身が施した洗脳が解けたために魔女は逃げざるを得なかったのだろう。

 だと言うのに、我々を逃がさないという兵の配置。魔女の洗脳と関係なく光の玉を奪う意思があるということか。こちらが提示する条件を聖王国が許容できないと判断すれば、私達は襲撃されるのだろう。



 聖王国側の中心は王太子のようだ。聖王国では聖王太子と言うのだったか。

 聖王と聖王妃も同席しているが、笑顔ながら青い顔で黙り込んでいる。結界に閉じ籠っていた影響で外交経験が少ないにしても、戸惑い過ぎだろう。聖王国の政は聖王太子が動かしているのかもしれない。


 そして、元々あった光の玉が割れてしまっていることは、聖王国では一部の者しか知らされていないようだ。ドラゴンで下り立った直後のお姉様の「割れた光の玉」という発言に、聖王太子はあからさまに焦っていた。

 光の玉はこの聖王太子と魔女が割ったということだから、聖王太子は自身の不祥事を隠したいのだろう。

 しかし、この会談では光の玉が割れたという話題が出ても焦る様子を見せていない。おそらくこの場には光の玉が既に割れていることを知っている者しか参加させていないのだろうな。


 この場にはお姉様のお父上であらせられるラーバレスト卿もご出席されている。しかし、ラーバレスト卿も発言される気はないようだ。娘を王国へ嫁に出そうとしている手前、表立って王国と敵対したくないのかもしれない。

 だからと言って王国を擁護することもできないだろう。もしお兄様が懸念されておられるように、聖王国が光の玉を奪って結界を張り王国と断交した場合、王国を擁護していたとなれば卿の立場が悪くなるのだから。

 先々代聖女もこちらに居るのだから余計発言し辛いだろうな。難しい顔をして黙り込んでおられる。


 他の出席者もあまり積極的に発言する気はないようだ。もしかすると目まぐるしい状況変化に付いてこれていないだけかもしれない。



「では、我が国の聖女が全ての元凶だと、そう主張されておられるのか?」

「そうだ。あなた方もそう認識されているのでは?」


「結界が消えたのは光の玉を失ったからだ。それは認めよう。しかし、それ以前から結界は徐々に弱まり、光の玉が失われていなかったとしても結界が消えるのは時間の問題だった。そうなった要因は、貴国が我が国の精霊様を連れ去ったからではないのかな?」

 聖王太子が鋭い目つきでそう主張してくる。


「誤解だ。我が国は貴国の精霊を連れ去ってなどいない」


「ふん、どうだか。そもそも聖女が先々代聖女殿を殺そうとしたなど、証言は被害者である先々代聖女殿のみだ。貴国が先々代聖女殿を脅してそう証言させている可能性は否めない」


 む。確かに、第三者の証言がない今の状況では指摘しやすい点だ。外交で強引にでも優位に立ちたいとき、こういう細かい指摘から攻めていくのか。勉強になる。


「光の玉を失った我々の元に新しい光の玉を届けて頂いたのは有難い。が、しかし、その光の玉は本当に本物なのか? もし本物だとするなら、人類の至宝でこの世界に2つと存在しないと言われた神器をいったいどのように調達されたのだ? もしかして、その光の玉は貴国が我が国から奪ったモノなのでは? 数日前に我が国に居られた先々代聖女殿をファルシアン王国に保護したという話が本当なら、我が国から光の玉を奪うことなど簡単だろう」


 すごい主張がきた。

 これまで光の玉を「割れた」ではなく「失った」と発言していたのはこの主張を通すためか。割れた光の玉を提示できればすぐに晴らすことができる難癖だが、割れた光の玉なんて王国こちらからは提示できない。何処にあるのかなんて分からないのだから。


「そもそもドラゴンという脅威を寄越すのは威嚇行為では? 聖王国辺境にドラゴンブレスを放つ必要が何故あった? これは明らかに強制外交だ」


 ドラゴンで来たのは妖精様のご意思だ。それにドラゴンブレスなんて放っていない。あのドラゴンは剥製なのだからブレスなんて吐ける訳ないというのに、いったいこの男は何を言っているのだ?


 だいたい何故この男はここまでこちらの言い分を否定するのだろうか。こちらは光の玉を譲渡すると提案しているのだ。その提案をのめば聖王国の問題は全て解決すると言っても過言ではない。

 その譲渡条件も、今代聖女を生涯監禁、結界維持だけをさせて罪を償わせろというもの。今代聖女魔女からすれば到底のめない条件なのは理解できるが、この男からすれば諸手を上げて飛びつきたい程のあまい条件では?



「……ふむ、主張はそれだけかな?」

 お兄様が余裕のある表情で発言される。


「では、1つ1つ誤解を解いていこう。まず、ドラゴンに乗り来訪した理由は貴国を守るためなのだよ」


「なんだと!?」

 え、そうだったのですか?


「貴国はまだ把握されておられないかもしれないが、隣国の侵攻は既に始まっていた。それを防ぐために我々は急ぐ必要があったのだ。侵攻開始に間に合うスピードと侵攻を妨害できるだけの武力、それを満たすのがドラゴンだったというだけさ」


「馬鹿な! 隣国の侵攻は年明けの筈だ!」


「調べれば分かることだ。ちなみに、我々が防いだ侵攻は1国のみ。確か聖王国は2国から侵攻されようとしていたのではなかったかな。もう1国の侵攻を防ぐには急ぎ結界を張りなおす必要があるだろうね」


「ぬ……」


 ああ、思い出した。隣国の侵攻をシルエラに妨害させたのだったか。この男はシルエラの魔術攻撃をドラゴンブレスと勘違いしているということか。



「そして、我々は貴国の精霊を連れ去ってなどいない」

「嘘だ。ドラゴンと共に居た妖精のようなお姿の存在、あれは精霊様だろう」


「いいや、あの妖精様は初夏から王国に滞在されておられる。この冬に居なくなられたという精霊様とは無関係さ。証人も居る」


 そう言ってお兄様は後ろに転がっている男に目を向けた。ああ、そう言えば居たな、帝国第2皇子が。なるほど、聖王国の精霊と妖精様が別の存在であると証明するために連れてきていたのか。


「証人だと? ……なッ!? まさか帝国の?」

「んー! んー!」


 シルエラが立たせた帝国第2皇子を見て聖王太子が驚愕する。今まで気付いていなかったのか。まぁ、私も忘れていたのだけれど。


「ご存じの通り、こちらはサルディア帝国第二皇子ジグハルト・ラ・サルディア殿だ。ジグハルト殿、貴方が把握されている帝国が受けた妖精様からの被害はどのようなモノがあったかな?」


「……知らん! 俺は何も知らん! 捕虜にこのような仕打ち、許されると思っているのか!?」


 シルエラが帝国第二皇子の口を開放すると、出てきたのは証言ではなく文句だった。


「ジグハルト殿、またアレを投げ入れられたいのかな? それともドラゴンの足がお好きだったか? まぁ、貴方の証言があれば少し助かるが、なくても構わないか」


「ぐ……、おのれ……。……帝国が初めて受けた妖精の被害は、俺の知る限り夏のファルシアン王城攻めのときだ」


「ふむ、ありがとう。さて、聖王国の諸君。帝国第2皇子殿の証言によると、妖精様は夏の時点で既にファルシアン王国に居られたことになる。精霊様が冬の初めまで聖王国に居られたというそちらの主張が正しいなら、王国の妖精様と聖王国の精霊は別の存在だと証明された訳だが」


「欺瞞だ! 今の証言は明らかに脅迫されていた! その侍女が持っている鳥籠に我が国の精霊様を閉じ込めていたのだろう!?」


 せっかくの証人だったのに、帝国第2皇子この男が素直に証言しないから逆に嘘臭くなってしまった。こんな男連れてくる必要などなかったのでは。


「しょうがない、では次に行こう。今あなた方が最も気にされているだろう疑問、この光の玉が本物かどうか、だ。これを証明するのは簡単だね。エフィリス、頼む」


「はい」

 そう言ってお姉様が光の玉に手をかざし魔力を込められる。すると光の玉の輝きが増し、一瞬にして魔力の膜が広がっていった。すごい、これがかの有名な聖王国の結界か。


「おお!?」

「け、結界だ! 本物だ!」

「おい、外を確認してこい!」


 聖王国側の面々が驚き慌ただしくなる。しばらく後、お姉様が妖精様の光の玉で張った結界が聖王国中を覆っているらしいと報告が入った。聖王国側の光の玉を見る目付きが変わる。


「エフィリス、ありがとう。もう結構だ。1度結界を消してくれるかな」

「はい」


 元々聖王国にあった光の玉では結界を任意に消すことはできず、結界を消すには込められた魔力が尽きるのを待つ必要があったらしい。しかし妖精様がご用意された新しい光の玉は任意で結界を解除することができる。

 他にも込める魔力量が少なくて済むとか、やろうと思えば聖王国よりも広い範囲に結界を広げられそうとか、色々と以前の光の玉よりも高性能なのだ。流石妖精様である。


「な、消えた!?」

「まさか結界を任意解除できるのか!?」

「どうして消すのだ!? せっかくの結界を!」


 この以前の光の玉との違いは、王国にて光の玉の機能調査を行った際に発覚していた。しかし聖王国は任意で結界解除ができるという事実に非常に驚いたようだ。



「どうだい? この光の玉は本物だっただろう? それに、以前の光の玉では結界解除はできなかったそうじゃないか。これでこの光の玉が元々聖王国にあった光の玉とは別物だという証明もできたね」


「いいや、それでは証明にならない。元々結界解除ができなかったのではない。誰も解除しようなんてしなかっただけだ」


「ふむ。そうだとしても、以前の玉とは大きさも違うだろう? 元々は片手で運べる程度の大きさだったのだろう? しかしこれは両手でも1人で運ぶのは難しいくらい大きい」


「いいや、以前もその大きさだった」


 むぅ。相手が嘘をつくことに躊躇いがない場合、こちらが正しいと証明するのはなかなか難しいか。なんだかこの話し合いも面倒になってきたな。


「そうか。なら光の間とやらに行こうではないか。そこには元々の光の玉が置かれていた台座が残されているだろう。この大きな光の玉がその台座に乗せることができるかどうか、確かめてみようじゃないか」


「その必要はない!」


 聖王太子が目配せした瞬間、いっせいに襲撃される。このタイミングか!

 手筈通り、お姉様がお兄様と光の玉を範囲内に入れた結界を展開する。これでお姉様とお兄様は安全。光の玉も奪われることはない。

 そして、近接戦闘ができず結界を張ることもできないシルエラには私が咄嗟に飛び付いた。私が身に着けている妖精様から頂いたイヤリングが自動で結界を展開し、剣尖を弾く。


 しかし想定外が起きた。まさか聖王国側が先々代聖女様を攻撃するなんて!

 光の玉があっても聖王国に結界を張れる人間は3人しかいない。その内の1人である先々代聖女様に聖王国が攻撃を加えるのは予想外だった!


「きゃぁ!?」


 先々代聖女様に迫る剣の切先。驚いた先々代聖女様は持っていたボードゲームを盾にされる。装丁が豪華と言っても所詮は木製だ。多少良い木材が使われているとしても騎士の全力の一振りを素人が木板で防ぐことなどできない。そう思われたのだが……。


 ――キンッ


 なんとボードゲームに当たった騎士の剣が折れたのだった。まさか、妖精様はここまでを想定してあのボードゲームを持ってこられたというの!?


 想定外のことが起きたからか、聖王国側の動きが一瞬鈍る。その隙に私は先々代聖女様を引き寄せた。これで先々代聖女様も私の自動結界の範囲内だ。状況は膠着する。



 しばらく後、この後どうすれば良いのか誰もが考えを巡らせているとき、会場の中央の床から妖精様が現れたのだった。


 妖精様に続き床から現れる男。……誰だ? この男。

 そしてさらに、謎の男に引き続き床から現れたのは、なんと今回の騒動の元凶たる魔女、そして元々の光の玉だったと思われる割れた玉の破片だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る