209. そんな都合の良いモノ
「姉様! 魔力量が!」
満面の笑みでティレス王女殿下がこちらを見上げてきました。この魔力量……、人とは思えない程膨大ですね。これはいったい……。
「流石、聖王国の秘伝と言われるだけありますね! 短期間でこれ程までに魔力量が増えるなんて」
「いえ、違いますよ! こんな短期間でこれほど魔力量が増える筈ありません!」
そもそも聖王国の秘伝ですらないのです。本当にこれ程効果がある秘伝であれば、私は国から出られなかったことでしょう。目の前に居られる妖精様に目を向けます。この異常な程の効果、妖精様が何かされたに違いありません。
数日前からティレス王女殿下と共に魔力量増幅のための瞑想を実施していました。本来魔力量は何年もかけて少しずつ少しずつ増やしていくものなのですが、初日に効果を感じられなかったティレス王女殿下はとても落胆されていたのです。そのときは、どうしたものでしょうかと思っていたのですが……。
本来は元々精霊様への感謝の祈りとして教わったこの瞑想、であれば似たような存在である妖精様に祈れば多少なりとも効果が上がるのではと駄目もとで妖精様にお祈りさせて頂いていたのですが、効果あり過ぎですよ!
「お兄ちゃん! 魔力量が! 魔力量が増えました! 流石聖王国の秘伝です!」
「こらこら、人前ではお兄様と……」
「あ……」
どうしましょう。否定する前にティレス王女殿下が走って行ってしまわれました。慌ててお付きの侍女が追いかけていきます。その一瞬目を離した隙に、視線を戻せば妖精様もすでに居られませんでした……。
ああ、でも、嘘は言ってませんからね、私。特に否定する必要もないのではないでしょうか……。聖王国とこちらの王国は今後長いお付き合いになるのです。すぐに妖精様のお力だったとお気付きになられるでしょう、おそらく。
それにしても、妖精様は本当にすごいお方ですね。私は左腕に着けた小さな光の玉を見ます。妖精様にボードゲームで勝利した褒賞として頂いた大事な大事なブレスレットです。
一抱えもある聖王国の光の玉と比べるとかなり小さく親指の爪程の大きさですが、結界展開範囲が狭いだけで、他の全てのスペックにおいて聖王国の光の玉より優っているように感じます。その結界範囲も街1つという十分すぎる広さですし……。
王国に来てからというもの、妖精様は頻繁にボードゲームでお遊びになられていたため非常にボードゲームがお好きなのだと思っておりました。しかし、私にこのブレスレットを与えてくださって以降、妖精様がボードゲームで遊ばれている姿を一切見たことがありません。おそらく妖精様は好きでボードゲームをやっていたのではなく、何かしら意味のある行動だったのでしょう。
初夏から秋までの妖精様の奇跡は様々な人から聞きました。荒唐無稽な行動が実は綿密に練られた危機的状況への事前対策だったと言うのです。私が何度も何度もボードゲームをやり、ようやく妖精様に勝てるまでになったということにも何か意味があるのかもしれません。
自室に戻ってそんな考え事をしていますと、唐突に会議への参加を要請されました。この国の王太子殿下と婚約しているとは言うものの私は他国出身の身、これまで会議など参加したことはなかったのですが……。
連れられるまま会議室だという部屋に入室しますと、すでに会議は始まっていたようです。遅れを謝罪しましたが、どうやら私は途中参加だった様子。議論中に私の見解が必要となったのでしょうか?
見知った顔の中に3人程知らない者も居ました。冒険者ギルドの方々だと紹介を受けます。驚いたことに妖精様も会議に参加されていました。流石、叡智の妖精様と呼ばれるだけのことはありますね。
「さて、あなたを呼んだのは他でもなく聖王国に関してお訊きするためです。その前に、会議に至った経緯をお話ししましょうか」
そうして王妃殿下や皆様方から語られた話を要約すると、王国に危機が迫っている可能性があると妖精様の行動から推察されましたが、その危機がどのようなモノか判断が付かないため話し合っている、とのことでした。
目の前に危機を知らせてくださったという妖精様本人が居られるのだから、直接本人……、本妖精?からお訊きすれば良いのではないかと愚考しますが……。
しかしどうやら、妖精様は我々人間が自身での問題解決能力を損なわないように、敢えて全てを語られないのだそうです。そういうものかと思い妖精様を見ますと、うんうんと頷かれていました。なるほど、そういうものなんですね。
「つまり、今後危機となりそうな事象が今のところ見つからないため、検討範囲を聖王国まで広げられたと、そういうことなのですね?」
「そうです。聖王国で最近変わったことはありませんでしたか?」
そう王妃殿下に問われましても、私は国から出て以降聖王国とはまだ連絡が取れていません。まともに連絡が取れるようになるのは雪が溶けて春になってからになるでしょう。私が聖王国を出る前も特に変わったことはなかったように思います。敢えて挙げるなら、聖女の代替りでしょうか?
「これはまだ不確定の情報なのですけどね、聖王国の結界が日に日に弱まっていたと行商の者が言っていたそうです」
「結界が……、ですか?」
マリー、聖女業務に未だ慣れていないのかしら?
「今代の聖女は妹なのですが、幼少から私が聖女に着任するまでの間、私と同じ聖女教育を受けてきておりました。そんな妹ですので結界維持ができないなんてことはない筈です。代替わり間もなくは結界が不安定になることがありますので、おそらく時が経てば元の強度に戻るのではないでしょうか」
そう、精霊様など居ない、結界維持は魔力を注ぐだけ。新聖女がそう気付くまでの時間は代替わり毎に結界が弱まるそうなのです。幸い私は初日に気付くことができましたが、中には数日気付くことができない聖女も過去には居られたとか。
では何故結界が弱まっているのでしょうか? 今思えばマリーの魔力量は聖女を務めるにしては少々足りていなかったかもしれません。それでも魔力を継続的に注げば1年や2年で結界が消えるなんてことはないでしょうし、その間に魔力量を上げることも可能でしょう。最悪の場合は
「そうですか……。では、魔女やお酒マンという言葉に聞き覚えは?」
「……魔女は絵本などであれば読んだことがあります。お酒マンは……、聞いたことはありません」
お酒のマン? マンとはいったい何でしょうか? マン……、マン……。
「そうですか」
「いやー、でもやっぱ聖王国の状況は確認しときたいよな。帝国には使節団と一部の兵を残してるだろ。エネルギアも調査団が行ってるし、南は兄上の婚約解消で繋がりが無くなった。それに冬場に南の山越えは不可能だ。今現状考えられる範囲で状況が分からないのは聖王国だけだぜ」
「しかしお兄様、今から聖王国に向かっても着くのは大分先になるのでは?」
「あー、帝国から伝書鳥だっけか? 接収したんだろう? あれは使えないのか兄上」
帝国の伝書鳥、聞いたことがあります。なんでも特定の2地点を往復するよう訓練された鳥が帝国では遠距離連絡手段として用いられていたとか。その訓練方法は国家機密であり、帝国はその伝書鳥で周辺諸国よりも優位に立っていたのでしたっけ……。
「あの鳥はね、目的地を教え込ませるのにどうも1年はかかるそうなんだ。今から王国と聖王国を目的地に教え込ませても、運用は早くて来年、遅ければ2年後だね。さらに言えば、目的地を教えこませるのに現地に行く必要があるよ」
「うぇー、使えねぇな。こういうとき、あの転移の魔道具ってヤツがあれば便利なんだろうな。あー、場所を教え込まなくても鳥みたいに飛んで手紙を届けてくれるようなヤツが居ればなぁ」
そのようなモノがあれば情報伝達においてどのような国よりも優位に立ててしまいますよ、王子殿下……。そんな都合の良いモノそうそうな……い……。
思わず妖精様を見てしまいます。同じ考えに至ったのか、皆様も一様にして妖精様を見つめられていました。そして、妖精様は頷かれたのです。
「……もしかして、行ってくれるってのか?」
しばらくの間をおいて、妖精様は再び頷かれたのでした。
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