195. 本当に?

 広げられたボードゲームで妖精様と何回か対戦した後、妖精様は満足されたのか不意にボードゲームを回収してどこかへ行ってしまわれました。


 初めてのボードゲームのため、ほとんどルールなども理解できず負け続けてしまいましたが、あれで妖精様は満足されたのでしょうか。まさか私が弱すぎたため呆れてどこかへ行ってしまわれたのかもしれません。


 それにしても不思議な体験でした。目の前から居なくなってしまわれると、先程までの妖精様のお姿が夢だったのではないかと思う程です。

 妖精様はお手を触れずに駒を動かされておりました。それを見て、改めて超常の存在と認識したのです。



「カエラ。妖精様はあれ程気さくに現れる存在なのですか? 王国にはどれくらいの数の妖精様が出現されるのです?」


「エフィリス様、動揺しておられるようですね。敬語になっておられますよ」


 カエラの指摘に若干顔が熱くなります。冷静でいられた自信があったのですが、妖精様の登場に少なからず動揺していたようですね。



「王国の妖精様は先程のお一人のみでございます。気さくに現れるかと言いますと……、そうなのかもしれません。何分自由なおかたですので。それから、どこからともなく出現されているという訳ではなく、普通に王城内の一室にてご滞在されておられますよ」


「そうなのね……」

 妖精様が王城の一室にご滞在? すごい国ですね。


「これまで私は国を出たことがなかったため知らないのだけど、聖王国以外では妖精様はあまり珍しくない存在なの?」


「いえ、非常に珍しい存在と思われます。少なくとも私の周りでは、あのおかたが現れるまでは絵本の中だけの存在でした」


「そう、そうなのね」


 良かったです。道を歩けば数人目にするとか、自身の家にも3人程居るといった答えが返ってきていれば、いよいよ動揺が隠せなくなるところでした。



「妖精様には私の言葉があまり伝わっておられないご様子だったわ。どうしてかしら?」


 ボードゲーム中、私の問いかけに妖精さまは首を傾げられることが多く、返答はほとんど頂けなかったのです。


「失礼ながら、おそらくエフィリス様に聖王国訛りがあるからでしょう」


「聖王国訛り? 会話が成立しない程発音が異なるのかしら? カエラとは普通に会話できていますよね。それに、アーランド様とも王妃殿下とも問題なく会話できていたわ」


「それはわたくしや殿下がたが聖王国訛りに合わせているためです。わたくしにも聖王国の知識が少しばかりございますので、わたくしがエフィリス様の専属を仰せつかったのです」


「まぁ、そうだったのね」


 確かに聖王国からここまで、特定の人以外とはほとんど会話していませんでした。そういうことであれば、早めに王国の言葉遣いを習得しなければならないでしょう。




「ところで、この後のご予定をお伝えさせて頂いても宜しいでしょうか?」

「はい」


王妃殿下からはしばらくゆっくりして良いと聞いていましたが、やはり全く何もしない訳にはいかないようですね。



「では……。まず、この3日は休養を取って頂きます。その間、王城周辺を散策される場合は護衛を付けますので事前にご連絡をお願いします」


 なるほど。休養とは言うものの、この間に城内やその周辺の大まかな地理を把握しておけと言うことなのでしょうね。本当にゆっくり休養だけで過ごした場合、表には出されないでしょうが裏では呆れられてしまうのでしょう。



「3日後は国王陛下に謁見して頂き、その後しばらくは妃教育が予定されております。聖王国でも学ばれておられるとは思いますが、全く同じではないと思われますので。王国での言葉遣いもこの間に習得して頂く予定です」


 国王陛下謁見があるということは、休養最終日は準備しておいた方が良いのでしょうね。少なくともどのドレスを着用するのかは決めておいた方が良いでしょう。その後は妃教育、なかなか忙しい日々となりそうです。



「春までには式典用ドレスなども新調させて頂きますが、当分先となります」


 これはあまり深く考える必要はなさそうですね。デザインなどもお任せしておいた方が無難でしょう。何しろ私はこの国の文化や礼儀にまだ疎いのですから。



「それから、数日後にはアーランド王太子殿下との交友を深めるため、演劇鑑賞も予定されております。内容はこの秋に起きたドラゴン討伐ですので、この国の現状把握もできますでしょうし、これまでの妖精様のご様子もご理解頂けるでしょう」


「え、ドラゴン討伐? この秋にドラゴン討伐があったのですか?」


 なんでしょう、それは。その様なこと初耳なのですが、この秋は帝国との戦争があった筈ですが、並行してドラゴン討伐もおこなっていたということでしょうか。もしかして、ホールに飾られていたあの剥製はそのときのドラゴン?



「ええ、そのとおりでございます。国王陛下が鳥に乗られて、伝説とも呼ばれるドラゴンと空の上で戦われたのです」


「え? え? 国王陛下が空の上で?」


 慣れない地に来た私を気遣ったカエラなりの冗談なのかと思いましたが、切れ長の目は全く笑っていません。どうやら大真面目のようです。それとも面白いことを全く笑わずに言うことでシュールさを笑いに昇華する王国の文化なのでしょうか。


「エフィリス様は、ドラゴンと戦う勇者の童話をご存じでしょうか? あのような感じです。国王陛下とドラゴンの一騎打ちでございました」


 いえいえ、いえいえ、鳥に乗って空でドラゴンと戦う絵本は私も知っていますよ。有名ですものね。しかし同じことができる一国の王がどれ程居ることでしょう。少なくとも聖王国陛下には無理です。あのでっぷりとしたお体では、乗られた鳥は飛び立つこともできず潰れてしまうでしょう。



「え、本当に?」


 国王陛下が鳥に乗りドラゴンと空で戦って、そして勝利したのですか? 伝説の魔物相手に? 本当なら世界的な英雄ですよ? どうして国王陛下1人だけに戦わせているのです? この国の王は勇者だとでも言うのでしょうか。

 いえ、冷静に考えれば誇張された話なのでしょう。力を誇示するため話を大きくするということは、国の常ではありませんか。



「本当でございますよ。ホールの剥製ドラゴンをご覧になられたでしょう。あのドラゴンは国王陛下が討ち取られたのです。わたくしも目撃しておりましたが、それはそれは壮絶な戦いでございました。そして最後には、国王陛下が王城の壁に突き刺さってしまわれたのです」


 え、なんですかそれ? 国王陛下が王城の壁に突き刺さってドラゴンに勝ったと? その演劇、喜劇にしかならないと思うのですが大丈夫ですか?


 聖王国では魔力量ばかり鍛えてきた私ですが、王国では腹筋を鍛える必要があるのかもしれません。数日後に予定されているアーランド様との演劇鑑賞、笑ってしまわないように気を付けないといけませんね……。


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