155. 行動開始

 収穫祭はつつがなく終わった。今年の収穫祭は記憶にある限り間違いなく最も盛況だった。物心付いたときにはすでに戦争で、停戦後も復興どころか目に見えて衰退していく王国ばかり見ていたというのに、西の森で妖精様に出会ってから全ての流れが変わったように思う。


 そして収穫祭の翌日、大きな会議が開かれた。と言っても、集まった人員で討論するのではなく、現状の情報共有と決定事項を通達することが主な目的なのだが。内容はもちろん帝国対策。私は周りを見渡す。これほどの数の貴族が集まった会議は初めて見た。



「捕虜の返還は滞りなく完了しました」

「うむ」


「その後、帝国兵の進軍を確認。ガルム期の2日前には国境に到達するでしょう」


 宰相が現状を報告していく。当初、帝国は我々の目を盗んで越境してくると思われたが、正面から帝国軍本隊が来ているようだ。正面切っての大規模な戦は停戦後初めてとなるだろう。やはりガルム期には一戦交えることになるのか。


「北部連合は東へ援軍に向かい、第2王子の指揮下に入りなさい」

「承知しました」


 北部連合が二つ返事で援軍を送ることに了承した。事前に根回しが済んでいるのだろうが、それでも以前なら考えられないことだ。何故なら北部連合は王家に反発していた派閥だったのだから。バスティーユ公爵家が取り潰しになった影響は大きいのだろうが、それだけではないだろう。


 ――妖精茶。貴族社会に妖精茶が出回ってから、明らかに統率力が高まっている。



 北部連合と言えば、最近は王都でも海魚が出回っている。王国全体が食糧難に陥っていた時期も、実は北の海岸沿いの町々は漁による食糧供給が安定していたらしい。しかし河が干上がり水運が滞っていただけでなく、バスティーユ元公爵が王家の力を削ぐために陸路を意図的に止めていたそうだ。


 昨日さくじつの収穫祭で開催された菓子イベントでは、魚入りパイが妖精様に選ばれたらしい。味だけで考慮すれば何故選ばれたのか疑問に思う程美味しくはない。中の魚が若干生臭く、パイの甘さに絶妙に合わない。しかし魚が選ばれたということは、北部連合との協調路線のアピールに繋がるという妖精様の考えなのかもしれない。



「また、妖精剣3本、水、風、光を戦線に送ります」


 事前に情報を得ていなかったであろう一部の貴族達がざわつく。妖精剣は最近まで存在自体が極秘情報だったため、何の話か分からない者も居るのかもしれない。


 王城内では妖精様のお力を積極的に戦争に利用すべきという考えと、周辺諸国への影響を考慮して妖精様のお力を戦争利用すべきではないという考えがあった。強過ぎる力を戦争利用すれば周辺諸国から危険視されてしまうという意見だ。どちらかと言うと戦争利用反対派が優勢であったが、それでも国が無くなってしまえば意味がない。


 よって、妖精様ご本人に戦争参加して頂くことは禁じつつも、妖精剣の使用に踏み切ったのだ。土は冒険者に与えられた。残るは火、水、風、光の4本だが、火は元々あった宝剣ファルシアンのオリジナルだ。王国的には外に出したくないという考えから、戦線には水、風、光が送られることになった。


 使用者の1人は形だけの総指揮となっている第2王子の兄が選ばれた。実際の指揮は東の重鎮が執っている。残りの2本は以前王城襲撃時に妖精剣を使用して帝国兵を蹴散らした元宝物庫番の兵士だ。私の命の恩人でもある。スタンピードの英雄に隠れて目立たないがこの2人も救国の英雄に違いなく、使用者の選定に若干の反対意見はあったものの最終的には押し切られた。簡単に話が進んでいるが、これも以前では考えられなかっただろう。


 妖精様がスタンピード対策でご用意されたというポーションも、残っていた半数はすでに東へ送られている。また、ここでは語られないようだが、切り札・・・も送られるらしい。



「――それから、念のためティレス王女殿下にはウェスファー辺境伯領へ避難して頂くことになります」


 私の話が出た。


「宜しくお願い致します、ウェスファー辺境伯様」

「ええ、歓迎致しますぞ」


 西の辺境伯様に声をかけると笑顔を向けられた。お会いしたのはスタンピードの祝勝パーティーが初めてだが、それ以前はいつも渋面だったらしい。娘であるエレットの目が完治してからまるで別人のように人柄が変わったという評判を聞いた。これなら西でも息が詰まることはないだろう。


 個人的には私も東の戦線へ出て国に貢献したいのだが、私個人は戦力にならない。戦の知識もなく指揮すらできない。しかし、私は私にできる方法で国を救うと決めたのだ。今は西へ避難して、戦争が無事終わった後に内政や外交で貢献すべきだ。いつまでも兄のように英雄願望を抱えている訳にはいかない。


 私は明日、辺境伯様やエレットと共に王都を出ることになっている。護衛は辺境伯軍で王城からは近衛が1人。できるだけ戦力を帝国対策に割きたいのだろう。ただ、シルエラを一時的に妖精様付きを解任して連れて行くことになった。元々私付きであるニーシェと一時的に私付きとなるシルエラ、魔術戦ができる贅沢な人選だ。今王都に居る魔術師はこの2人と魔術師団長の3人だけだと言うのに。


 私とニーシェとシルエラ、それから最近は妖精様付き補佐のアウリも、魔術師団長の元で訓練を受けている。私とアウリは簡単な魔法練習だが、ニーシェとシルエラは魔術戦の訓練を受けていた。


 ニーシェは魔術師団に潜伏して王冠を盗み出した間諜を取り逃がした失態、シルエラは南の辺境領で冒険者に紛れていた間諜に殺されかけたことから、自身の戦力を上げることに必死になっていたように思う。小回りの利く中距離攻撃をニーシェが担い、シルエラが大魔法で殲滅する連携は敵からすれば脅威だろう。守りが全くないという欠点に目をつむれば最強に見える。



「帝国には長きに渡り苦い思いをさせられてきた。しかし、次の戦が帝国との長い争いを終わらせることになるだろう」


 そんなことを考えていると、どうやら会議は終わりに近づいていたようだ。王太子である兄が立ち上がった。


みなの健闘を願う。――勝つぞ!!」

「「「おおっ!」」」


 周りの大きな声に嫌でも血が沸き立つ。私は明日の出発になるが、東の国境へ向かう者はこの会議が終わり次第すぐに王都を発つようだ。北部連合も東へ増援を送る必要があるためすぐに動く必要があるのだろう。兄の鼓舞により、興奮状態のままみなが行動を開始した。


 ――戦争が始まるのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る