150. 露呈

 商業ギルドマスター様から妖精様へのお支払いを受け取ります。とは言っても妖精様はお金を1度もお使いになられたことがありませんので、この金貨も保管しておくだけになりますでしょうね。


 しかし何かしらご使用して頂かねば経済の停滞に繋がりかねます。現時点では経済に影響を与える程の金額ではないものの、この夏だけでこの金額です。早々に用途を考えて頂きたいところですが、なかなか先は遠そうです。


 妖精様は王城に来られた時点で既に貨幣という概念は認識されておられたようですが、貨幣を計画的にご使用されるには行動が少し刹那的であらせられます。



 わたくしは妖精様から高い知性を感じつつも、他の皆様と異なり言葉は通じておられないと思っておりました。そのためわたくしは妖精様に言葉を教えて差し上げようとしていたのです。ですが今は、それは誤りだったのかもしれないと思い始めております。


 言葉は確実に通じておられないでしょう。しかし、帝国が企てた数々の問題に対して事前に解決策をご用意される程聡明……、そこが揺らぎ始めております。妖精様は何と言いましょうか……、非常に運がお強いお方なのかもしれません。完璧と思えましたこれまでの功績は、聡明さからではなく豪運の結果なのではないでしょうか?


 下手にわたくしが言葉をお教えすることで、その豪運に陰りをもたらす可能性がございます。妖精様はこのままの状態でいて頂くのが最もいのかもしれません。


 そして、妖精様がさほど聡明ではあられません場合、それを王国民に決して知られてはいけません。最早妖精様は王国民にとって知の象徴なのです。巷では知略の妖精とも呼ばれておられるのですから。



 そのようなことを考えつつも、クローゼットに仕舞われていく妖精様の秋用ドレスの位置を確認していきます。チラりと妖精様をご確認させて頂くと、ブーツをお履きになられているところでした。


 以前にブーツをご用意させましたところ、妖精様のお眼鏡にはかないませんでした。おそらく御御足おみあしに合わなかったのでしょう。それを受けまして、ドールショップオーナー様をはじめとした関係者各位で様々な工夫を凝らすことになりました。



 まず靴下。多少の膨らみも靴擦れに繋がる恐れがあります。よって、伸縮性のある糸で手編みすることで縫い代のない靴下を実現させてございます。特注の極小編針で、1人のお針子が妖精様用の靴下を全て編み上げたのです。


 そして靴。こちらは妖精様ドールの脚パーツに塗料を塗布してから試作ブーツを履かせ、可動テストを実施しました。その後ブーツを脱がせると、ドールの脚から着色料が剥げている箇所が出てきます。その箇所が靴擦れになる箇所ということになりますので、ブーツのその箇所を改良。足首部分の強度が出せませんでしたので、思い切って足首以下と脛部分とで2つに分けるという強硬策も取り入れられました。


 革は硬いため縫い合わせる際に普通には針が通りません。そのため本来、革加工には目打ちという道具で事前に穴を開けておくのですが、妖精様用に革加工する際には通常の目打ちでは大きすぎます。小さな目打ちを特注する案もございましたが、小さ過ぎて実現は叶いませんでした。よって妖精様用の革製品の縫い穴は全て錐で開けられております。試作段階ではわたくしもお手伝いさせて頂きましたが、縫目に沿って均等に穴を開けていく作業はなかなかに大変でございましたね。


 そういう改良を何度も何度も繰り返して出来上がったのが、今妖精様がご試着されているブーツとなります。履き心地を確かめられていた妖精様が頷かれるのを見て、ブーツ製作に関わった皆様がお喜びになりました。あのブーツには並々ならない情熱が注ぎ込まれておりましたから、妖精様がお認めになられてそれはそれは嬉しいことでしょう。



 妖精様のご試着が一通り終わりましたのを見計らい、お茶とお菓子をご用意させて頂きます。お茶は今話題の妖精茶。妖精様がスタンピード凱旋パレードの際にお出しになられた花弁を乾燥させて作られたお茶のため、数に限りがある非常に希少なお茶でございます。味も優秀であることながら様々な精神安定効果もあるそうですので、ご試着でお疲れの妖精様にも効果がございましょう。


 その後に量産されました妖精様ドールが並べられ、王妃様が細かく検品されていきます。妖精様ドールの購入を希望されておられる貴族様方は非常に多いと聞き及んでおりますが、今回生産されました妖精様ドールは王女殿下の西方訪問の際に西側の貴族様方に売り渡されるそうです。




「――と言う訳でして、私共が妖精様印の使用を独占していると複数の菓子店舗からクレームが入っている次第なのです」


 商業ギルドマスター様が妖精様に熱弁されておられます。不作の改善に食料不足改善、そして観光客の増加で大いに賑わっております今の王都で、次に求められますのは嗜好品。そのような状況で一早く展開されました妖精様印のクッキーは飛ぶように売れていると聞きます。


 他店もようやく嗜好品販売に手が出せる状況になった今、妖精様のネームバリューの有無が売上の差に大きな影響を与えているのでしょう。そのため一部の菓子店舗から妖精様印の独占使用に抗議が来てしまわれたと。


 何せ、妖精様がお食べになられた露天商はその後の売上が倍になるのだそうです。今では如何に妖精様に食べて頂くかという争いも発生していますのだとか。



「そのため、毎年1店舗に妖精様印の使用を認めようと思うのですよ。そして、妖精様印を使用できる店舗を妖精様ご自身にご決定して頂きたく……」


 妖精様は商業ギルドマスター様を見つめておいでですが、何を言われているか全くご理解されておられないでしょう。わたくしが不用意かつ中途半端に言葉をお教えしてしまった影響がどう出てしまうのか恐ろしくあります。



「収穫祭にて、妖精様に各店舗から自慢の菓子を提供させて頂きます。今年は6店舗が参加予定ですね。妖精様にはご試食頂いた6店舗の菓子の中から、最も美味しいと思う1店舗を決めて頂きたいのですよ! どうでしょう?」


 皆様が妖精様の反応を待ちます。思えばこれまでも会話への妖精様の反応は少し遅めでございましたね。言葉が通じておられなかったのであれば、この反応の遅さも納得でございます。熟考されておられた訳ではなかったのでしょう。かなりの間を置いてから妖精様は頷かれました。


「おお! おお! それでは宜しくお願い致しますよ! 妖精様の菓子対決、非常に盛り上がること間違いなしです!」



 妖精様が交わされた約束を違えさせる訳には参りません。商業ギルドも妖精様が参加されることを前提に集客されることでしょう。何としてもお菓子対決会場に妖精様をお連れせねばならないのです。


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