130. 盗まれた?

「あそこか?」

「はい」


 馬車で東門まで移動して、王子様に驚く門番をスルーしつつ先輩の案内で波止場の端まで来た。先輩はその先に開いている下水道を指さす。


「よし、行くぞ」

「承知しました」


 ザバンと音を立てながら王子と2人の兵士が河に飛び込んだ。腰まで河に浸かって進んで行く。あの王子様アグレッシブ過ぎるよ。第二王子は幼い頃から兵士に紛れて訓練していてかなりフランクとは聞いていたけど、予想以上だった。王族ってもっと実作業は下々に任せてどっしり構えてるイメージだったよ。



「お、なんだお前ら?」

下水道までザバザバと進んで行った王子様が素っ頓狂な声をあげる。誰かいるのかな?


「わー!? 兄ちゃんこそ何だ!」

「こいつ兵士連れてるぞ!?」

「え、ボクたちを捕まえに来たの!?」


 む? 子どもの声が聞こえるね。下水道に子どもが居る? そう言えば、子どもたちが下水道から河に出て流されたんだっけ? 下水道の一部を封鎖したって聞いてたけど、まだ子どもたちが来ているの?


「ちょっと下がってろ。よいしょっと」


「うわ、くせー! この兄ちゃんくせー!」

「ホントだ、くせー!」

「くせー! めっちゃくせー!」


 王子様が下水道に這い上がると子どもたちが騒ぎ出した。あわわ、その人王子様だよ!? ちょっとまずいかも。不敬罪で投獄、最悪バッサリ斬られても文句は言えないよ!


「こ、こらー! そこにいる子どもたち!」


「なんだ?」

「外にまだ人がいるっぽい」


 私の声に、下水道の出口から子どもたちが顔を覗かせる。3人? いや、声的にもっと居るよね。どうやって入ったんだろう?


「そこで遊んじゃダメでしょー! 河に流されるよ!?」

王子様の手前、臭いって言うなとは注意しづらい。とりあえず、そこで遊んでは駄目という話の方向で子供たちの「臭い」大合唱を止める。


「大丈夫だよー、ざばーって水が増えるのはまた来年だし!」

「そうそう、あと1年近くは大丈夫だぜ!」


「雨が降っても水は増えるんですー! 怖いのは逆流だけじゃないんですよ!」


「今まで雨が降っても大丈夫だったし!」

「そうだそうだ!」


 あーもー、子ども特有の言い返しに埒が明かないよ。先輩を見ると我関せずって顔してるし。んー、もう放置で良いかなぁ。でも王子様の反応が見えないのが怖いよね。不敬な子どもたちに怒っているのか、笑って許す流れなのか分からないよぉ。



「で、変わったところはありましたかー?」

王子様の声色確認も含めて本題を訊いてみる。さてどういう反応か。


「おう、全く分からん! おいお前ら、何か変わったことは無かったか?」

「剣が盗まれた!」

「そうだよ、ボクたちの剣が盗まれたんだ!」

「くそー、絶対取り返してやる!」


 剣? 子どもたちが振り回してたって言う何か凄い剣のことか。ここでその話が出てくるとは思わなかった。それから、王子様は怒ってないみたいだね。良かったぁ。


「えーと、君たち! 詳しく話が訊きたいからこっち来て! お願い!」

「えー、やだよ!」

「河に入ったら濡れちゃうじゃん」


 むむ、子供たちは河に入らずにあそこまで行ったのか。どうやってだろう?


「お前ら、もしかして下水道を通ってここまで来たのか?」

「そうだよー」

「なんか通れなくなった所も増えたけど、探検したらまた来れるようになったぜー」


 わー、なんという順応力。さすが子ども、大人の対策を軽々と突破していくねぇ。先輩は相変わらず我関せずだし、どうしようかなぁ。



「お前ら下水道を通って街に戻るつもりか? やめとけ。今の下水道は妖精バカのせいでえらいことになってる。それにちょっと危ない奴らも徘徊してるからな。俺達が肩車してやるから河から出ろ」


「えー、やだよ! 兄ちゃんたち、くせーもん!」

「クソ、ガキ共め」


「わ、おわー!」

「わー、ニック! ニックぅ!!」

「あー!」


 ――ドッボーン


 ええ!? 下水道から子どもが緩めの放物線を描いて河に落ちた。あの王子様、子どもを河に放り投げちゃったよ! 慌てて兵士の1人が子供を抱き上げる。無茶苦茶するなぁ。


 でも子ども1人がこちらに来てからは話が早かった。諦めた他の子どもたちも大人しくこちらに来てくれたんだ。正直助かったよ。帝国兵がいる下水道に子どもたちなんて入れたくないからね。



「――で、隠してた剣がなくなってたんだ!」


「それって光ってて振るとブォンて音がなる剣?」

「そうそう、かっけーんだぜ!」

「ブォン! ブォン!」

「でも当たっても安全なんだよ。何かに当たるとふにゃって剣が曲がるし」


「む、剣が曲がるのか? 当たっても怪我とかしないってことか?」

「そうそう、当たっても痛くないんだよ」

「石壁をおもいっきり叩いてもふにゃってなるんだぜー!」


「それが無くなっていたと?」

「そう、盗まれたんだ!」


「盗まれたところは見たのか?」

「見てないー!」

「見てないけど絶対盗まれたんだって!」

「勝手になくなるわけねぇもんな!」


 うーん。これはつまり、透明になれる件の男が、子どもたちの剣を盗んでいったってこと? どうして? 叩いても痛くない安全な剣を見つけて高笑いしていたってことだよね? うーん?


「どう思う? サブマスの嬢ちゃん」

「え、私ですか? えーと、件の男が子どもたちの剣を盗んでいったんだと思いますけど……、どうしてですかねぇ」


「例の妖精剣と間違えたってことは? 各属性1本ずつ5本あったんだろ? 条件としてはかなり似ている」


「ええ、まさかそんな。お馬鹿過ぎますよぉ」

帝国兵を薙ぎ払ったっていう妖精剣と、当たるとふにゃってなる安全な子どものオモチャ、……間違うかなぁ?



「うーむ、まずは1度城に戻るか。他の意見も聞きたい。念のため1人は引き続きここを調査しろ」


「――では私はギルドに戻らせて頂きます。下水道に入った冒険者の口止めもありますので」


「先輩!?」


 あれ!? あれあれあれ? 先輩がギルドに戻って私がまた王城に行く流れ? いや、私の方が立場が上だからそれが自然な流れなのかな? でも先輩、唯一の目撃者だよ? あ、行っちゃった……。


 えー、またくっさい馬車で王城かぁ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る