101. 凱旋パレード

「母さん、もうすぐ王都だよ」

「ああ、すまないねぇ……」


 ここ何年か続いた不作で、どこもかしこもギリギリの生活だったそうだ。俺の村も例外ではなく、蓄えを少しずつ切り崩しながら冬を越してきた。口減らしも当然のように行われてきたが、それでも今年の冬は越せないかもしれない。村全体がそういった状況だった。


 そんな中、母が体を悪くした。最初はお見舞いの言葉ももらったが、長く続く不調で、もう母は回復しないだろうと皆が思い始めていた。限界まで口減らしした後に働き手が不調になったことで、我が家はたとえ冬を越せても来年は越せないだろうと覚悟していた。


 せめて売られた兄弟たちの生活がここよりマシであることを祈るばかりだった。売られた子どもたちの大半は西の国に送られるらしく、そこで魔法の才能が見いだされれば成り上がることも可能なのだそうだ。西に売られた人間は魔術の実験に使い潰されるなんて悪い噂もあるけれど……、真偽はわからない。



 状況が変わったのは雨が降ってからだった。なんと商隊が来たのだ。数年の不作の影響で増えた野盗が各地の流通を寸断していたため、ウチのような小さな村に商隊が来るなんてことはなくなっていたのに。


 半ば陸の孤島と化していた俺の村はそこで初めて、それまで各地も似たような地獄だったと知ることができた。しかし、雨が降ったことで船が動き、野盗の出没地域が南へ移動したため流通が再開したと聞いた。それだけでなく、王都には妖精が訪れて不作を解消したのだとか。



 商隊の中には吟遊詩人がいた。その吟遊詩人は妖精の様々な活躍を唄っていた。1つ1つがとても実話とは思えない御伽話のようだった。絵本なんて読んだことはないけれど、伝え聞く絵本のお話はまさにこのような内容なのではないだろうか。


 曰く、妖精が通ると枯れた作物が復活し、花が咲き誇る。曰く、妖精様が光を振りまくとどんな怪我も病気も全て完治する。それが本当ならまるで神様だ。



 状況が変わり部分的に不作が解消してその作物が流通もするのなら、村は冬を越せるだろう。しかし、我が家は体調を悪くした母を欠いて働き手が足りず、来年以降は危ない。


 どうせ先がないのなら、実在するかも怪しい妖精に賭けてみようと思った。藁にもすがる思いで母を連れて王都を目指す。蓄え的にも体力的にも今回1回限りしかチャンスはないだろう。




 幸いにも問題なく王都に到着することができた。そして驚愕した。皆笑顔、余裕のある人間の顔だ。大人の足なら徒歩でも1日で来ることができる距離で、ここまで違うものなのか。


「おう坊主、あんたらも妖精様を見にきたのかい?」

「は、はい」


「そうかそうか、今はみんな妖精様目当てだからな! 普段なら見かけることができるかは分からんのだが、あんたらは運が良い! 明日はパレードがある。そのパレードに妖精様も参加するんだってよ」


「そうなんですね、ありがとうございます」



 妖精様の影響か今は王都を訪れている人が多いようで、その晩は宿を取ることができなかった。しかし幸いなことに商業ギルドの余剰スペースで一晩過ごさせてもらうことができた。


 そこで聞いた話でまたもや驚愕する羽目になった。なんと数日前に王都でスタンピードが起きたという。そして怪我人1人出さずに防衛したとか。


 1人の魔術師がほぼ1日中魔術を撃ち続け、1人の剣士が残りの魔物を軒並み切り伏せたらしい。それが本当なら正に英雄だ。そして、そんな英雄に力を与えたのが妖精らしい。明日はそれを祝う凱旋パレードなのだそうだ。




 翌日のパレードは圧巻だった。魔術で有名な隣のエネルギアでもこんなパレードは無理に違いない。凱旋曲を演奏する音楽隊に続いて現れた馬車は、七色に輝いていたのだ。人々がばらまく紙吹雪は花吹雪に変わり、優しい匂いが鼻孔をくすぐる。


「おお、綺麗だねぇ……」

「そうだね、母さん」


「最後にこんな光景を見られて、母さんは幸せだよ……」

「最後なんて言わないでよ。体の調子はどうなの?」


「ああ、なんだか元気が溢れてるよ。不調だったのがウソみたい」

「え、本当!?」


 見ると、昨日まで青白かった母の顔色は確かに良くなっていた。



 この世のものとは思えない綺麗なパレードに、紙が花に変わる不思議な現象、不調そうに見えていた周りの他の人間もどんどん元気を取り戻し、まさにここが楽園と言わんばかりの光景だった。


 薬師風の男たちが、舞い落ちた花びらをせこせこと掻き集めている姿以外は。



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