086. 王太子

「では、全て妖精様の想定通りだったということですか」


 冒険者ギルドのサブマスターからスタンピードの顛末を聞き、そのあまりにも計算されつくした妖精様の行動と結果に、王太子である私は唸った。


 城内への帝国兵侵入は、冒険者ギルドの代表が登城する直前に解決はしていた。しかし今現在、その侵入経路や誰が内通者だったのかといった諸々の確認に追われている。


 そのため、比較的今回の帝国兵侵入に関わりの薄い私が冒険者ギルドの応対をすることになったのだ。


 陛下父上と宰相は直接帝国兵と戦闘となり、王妃母上は襲撃をいち早く察知して最初に厳戒態勢を指示した人間だ。ティレスに至っては帝国兵との戦闘どころか専属侍女が内通者であり、帝国兵が地下から城に侵入した瞬間を目撃している。


 しかも、ティレスは宝物庫から独断で妖精剣を持ち出してしまった。王族とは言え成人前の王女が独断により宝物庫の中身を持ち出すなど、処罰を与えなければ貴族共が黙っていないだろう。帝国兵討伐に最も貢献していることから、相殺して軽い謹慎で済ませることができるとは思うが……。




「左様でございます、王太子殿下。そしてこれが、オークキングを討った剣と槍でございます」


 サブマスターが、肘から手首くらいの長さより少し短めの木箱を出してくる。それを開けると中には小さな剣と槍が納まっていた。それを見て冒険者ギルドの受付嬢と思われる女性が騒いだ。


「ちっさ! え、こんな小さいのでオークキングをやっつけたんですか、ダスターさん!?」


「ああ」


「リスティさん、王太子殿下の御前ですよ」


「あ……、失礼しました」


 少々騒がしいが、騒ぎたくなる気持ちは理解できる。剣の刃渡りは指ほどしかないうえ、槍も手の平をいっぱいに広げた大きさに収まる長さしかない。説明は受けてもどうやってこれでオークキングのような大物を討伐できたのか理解に及ばなかった。


 しかし、今問題にすべきはどのように討伐したかではない。



「妖精様は全てを想定して、今回のスタンピードの解決策を事前にご用意されていたのでしょう? それならば、オークキング討伐に用意されたこれらの剣と槍は、どうしてこれほど小さいのでしょうか?」


「初めから人間サイズの武器を用意されていた場合、我々はおそらくその武器を辺境のスタンピードに用いるべく王都から持ち出していたでしょう」


「ふむ」


「妖精様は武器を小さくすることで、本当に必要な状況になるまでその有用性に気付けないようにしていたのです」


「なるほど、確かにこれほど小さければ最初から武器として使おうという者は出てこないですね。そしてオークキングに通用する武器がなく困り果てた我々人間に、初めて存在を思い出させたと」



 冒険者ギルドの報告を受け、私は帝国兵侵入がこれほどまで素早く、ほぼ被害も出さずに収束できた理由に思い至る。まさか、妖精様は城内への帝国兵侵入も予期されていたのではないか?


 まず、最初に王妃母上が敵襲と判断なされた理由は、妖精様の部屋に魔術攻撃がされたためだった。しかし、後の調査で妖精様の部屋に被害はなく、爆発は起きていなかったことが分かっている。


 爆発したのに被害がない。普通はそんな馬鹿なと思うところだが、私達は先程までその現象に嫌と言うほど付き合わされていた。そう、妖精様ドールが爆発音と光をまき散らしながら徘徊していたのだ。あれだけ爆発音がしていたというのに、爆発による被害は一切出ていなかった。


 そして妖精様の部屋に飾られていたドールが無くなっていることも確認済み。つまり、あのドールの最初の爆発で、王妃母上が敵襲と誤判断されてしまったことになる。


 しかし、その直後に本当の敵襲があり、私達は奇襲を受けることなく万全の態勢をもって襲撃に備えることができた。


 さらに、ドールは帝国兵の攻撃を受けボロボロになりながらも爆発音と光で帝国兵を引き付けた。おかげでほとんど戦闘らしい戦闘もなく帝国兵を打倒することができたのだが……。



 爆発音と光を出す。普通の思考では自分の部屋に飾られているドールにそのような仕掛けを施す発想など出ては来まい。


 そのうえ、誰かが一定範囲に入ると爆発するが、誰も一定範囲内にいないと消えて見えなくなるなど、戦闘を想定していたとしか思えない。



 戦闘を想定していたと言えば、あのドールの毛髪はトロールの体毛だという。妖精様の緑色の髪を再現するためだけに、高価なトロールの体毛など使用するだろうか?


 もっと安価な緑色の魔物や動物の体毛でもよく、さらに言えば一般に出回っている毛髪を緑に染めるだけでも良いのだ。


 トロールの体毛は防御力が高いという。つまり素材からして戦闘使用を想定していた? あのドールを発注していたのは王妃母上だ。つまり王妃母上も今回の帝国兵侵入を想定していたことになるのか?



 ドールが敵襲より先に爆発したとして、厳戒態勢を独断で指示できる強権を持つ者は陛下父上王妃母上、次点で私だ。そもそも最初のドールの爆発に、そう都合良く強権を持つ王妃母上が妖精様の部屋を訪れるだろうか? きっと知っておられたに違いない!


 それほど優秀であれば帝国が王妃母上をなんとしてでも消そうとしたことにも頷ける。そして、呪いで倒れる寸前の王妃母上を救ったのは妖精様だ。まさか、その時点から帝国兵侵入対策が始まっていた?



 いや、もっと前からだ! ドールで引き付けた帝国兵を最終的に討ったのは、ティレスが引き連れてきた衛兵だったらしい。つまりティレスも、今回の騒動で重要な役割を与えられていたことになる。


 しかし、そのティレスは妖精様がいなければ、初夏の時点で野盗に討たれて死んでいた可能性が高い。妖精様がティレスの前に現れたのは野盗からの襲撃中だったそうだが、今にして思えば偶然とは思えない。


 そして妖精剣! これこそ、今回の襲撃を想定していなければ用意しようとも思わないだろう。やはり妖精様は今回の襲撃を想定されおり、その対策として妖精剣をご用意してくださったのだ!


 そうでなければ、たまたま宝物庫に逃げ込んだティレスの前に、そうそう都合よく現状打開策が見つかる筈がない。



 ティレスの行動が全て妖精様の想定通りであったならば、ティレスは処罰を免れることができるだろう。


 なぜなら、宝物庫から妖精剣を持ち出し帝国兵を討つことが、妖精様の意図だったことになるからだ。そこに王妃母上の思惑もあったのであれば独断ではなくなる。



 どこまで妖精様は今回の件を想定していた? しかも、帝国兵侵入だけではない。同時に発生したスタンピードの対策も完璧だったのだ。


 私は妖精様との関りはそれほどなかったため、その全容を把握しきれていないのだろう。おそらく、私の知らない事前対策がもっとあった筈だ。


 確認しなければ……。


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