061. 小さなことから

「ティレス。これ、ティレス」


「なんでしょうか、お母様」


 お母さまが演習場に来るなど珍しい。王妃ともなれば公務も少なくない。最近は妖精様のもとを訪れる時間を作るため、かなりご無理をされて公務に当たられていた筈だ。そうでなくともお母様はつい最近まで病に臥せっておられた。その間の公務も溜まっていた筈。


 しかも、今は侍女などを連れず1人きりだ。周囲を見ると、少し離れたところで侍女たちが待機しているのを確認できた。わざわざ演習場までいったい何を伝えにきたのだろうか? 人払いしているということは機密性の高い内容の筈だが……。



「また魔法の練習ですか。あなた、そのようなことをしている場合ではありませんよ」


「……それは、なにかご予定などありましたか?」


 今日は特に予定などなかった筈だ。なにせ妖精様の部屋を訪れる誘いを断って私は魔法の練習をおこなっていたのだから。



「商業ギルドのマスターが最後にポロリと漏らしておりました。霊石や聖結晶の入手を狙った裏には公爵がいるようです」


「はぁ? それがいったい……」


 霊石や聖結晶? たしか妖精様が西棟付近に聖域を作られ、そこに非常に珍しい素材が発生しだしたと聞いている。それのことだろうか?



「ところで、あなた付きの侍女はどこにいるのです?」


 ……? 話が飛んだ。お母様はいったい何を私に伝えたいのだろう?



「魔法の練習中は、休憩を申し付けておりますが」


「ふん、あのむすめから目を離さないことです。あのむすめ、あなたから離れている間は頻繁に地下に行っているのですよ」


「え、何故でしょうか?」


 どういうことだろう、地下になど行っても何もないだろうに……。いえ、宝物庫があったか。



「それが分かれば苦労はしません。そもそも次女とは言え、公爵令嬢が特に理由もなく行儀見習いに上がることが不自然だったのです。気付けば承認もされておりましたし、なにやらきな臭いですね」


 確かにそうだ。私も違和感を持ったことを覚えている。公爵ほど高位の令嬢が行儀見習いに上がる場合、政争から逃れる、他国の王族に嫁ぐためなどより高い教養を得る必要がある、またはよっぽどできが悪く王家に再教育を依頼するなどといった理由が考えられるが……。いずれにしても、その理由を王家が把握していないというのはおかしい気がする。



「良いですね? あのむすめから目を離さないように。あからさまではいけませんよ。自然に魔法の練習ができなくなった理由を用意するのです。そして、あのむすめがあなたから離れるタイミングを無くしなさい」


「承知しました」


「まったくあの公爵、3代も前の恨みを今さら持ち出してきたようですね。今度はいったい何を企んでいることやら」



 派閥争いか何かだろうか。私は今までそういったことには関わってこなかったため、さりげなく理由を付けて行動パターンを変えるなど自然にできるとは思えない。お母様も難しいことをさらりと要求してこられる。


 いえ、こういう駆け引きが苦手だったため、大使として訪れた隣国でいいようにあしらわれたのだ。私も国を救うと決めた今、苦手だなどとは言っていられない。


 まずは、私付き侍女から目を離さないように、小さなことから始めていこう……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る