三章 スタンピード
053. 人形
朝食を食べたあと、今日も街へ出かけようとした。河で子どもを助けてからの私はフィーバー状態が続き、道を行けば手を振られ、露店に行けば端切れをもらい、立ち止まれば拝まれる。これほど素晴らしいことなどあっただろうか、いやない。
立てば芍薬座れば牡丹みたいな語呂の良い自分のキャッチフレーズを考えるほど有頂天だ。良い語呂のキャッチフレーズは思いつかないけど。
鳥籠メイドさんがそわそわしている。私が窓に近づくと不思議なおどり。離れると止まる。窓に近づくと……、おどる! 離れると止まる。近づくと……、おどる!!
どうやら今日は、私に予定が入ってるみたいだね。しょうがない、今日は部屋で待機しておくかな。でもちょっと面白いのでもう1度窓に近付いてみる……。おどる! センサー反応式おどるメイドさん人形状態だ。そのまま窓付近に留まっているとわちゃわちゃ具合が上がってくる。スイッチが強に入った!
あ、ちょっと涙目になってきた。これ以上はかわいそうかな。私は鳥籠が設置されているテーブルまで戻る。
そうして部屋で待っていると、またまた大量に人がやってきた。いつかのお針子さんとドレス商人さん、そしておじリーダー率いるおじーズ、銀髪ちゃんとドアップ様、そのお付きのメイドさんたち……、オールスターズだ。全員集合、夢のドリームマッチでも開催されるのだろうか。
ドレス商人さんがなにやら重厚な箱を取り出した。ずずい、と私の前に押し出してくる。なんだなんだ、この箱私よりでかいんだけど……。まるで私用の棺桶みたいで怖い。まわりのみんなは期待に満ちた目をしている。ふむ?
箱は立てられたまま、ドレス商人さんの手によってフタが開かれた。って、こわ!
箱の中には自分そっくりの人形が入っていた。こわ! なんかこっち見てる! 無表情こわ!
お針子ーズが人形用のスタンドを用意して、ドレス商人さんが取り出した人形をスタンドに設置する。妖精人形は机に立った。わ、羽まで用意されてる! 羽は後付けなのね。
そうして場が静まり返った。え、どういう反応が正解? どうしよう?
私は周りを観察する。これは絶対ペットに対して何かしらのリアクションを期待する眼差しだ。ドアップ様ニコニコ! ドレス商人さんもお針子ーズもニコニコ! おじリーダーもニコニコ! 銀髪ちゃんとおじーズは興味深そうに観察している!
思い出せ。そう、私は犬。ペットの犬に新しいオモチャを買い与えたとき、飼い主はペットにどういう反応を期待していた? ほらー、まるまるちゃん! 新しいおもちゃでちゅよ~、かっこ高い声。わん!わんわん! はっ、そうか! 全身全霊の喜び! くらえ、満面の笑顔だ!! 場が和んだ! 正解! ベストリアクション! 私は安堵した。
いやいやいやいや、それにしても怖いわ。自分そっくりの超絶無表情等身大人形と対峙するとか、そうそう経験しないでしょ。ずっと見られてる気がする。こわ。
私は少し横に移動して人形の視線から外れる。うわ! 視線が追ってきた! 移動してもこっち見てる! こっわ!!
魔力は感じない。この人形が生きてるとかそういうのじゃないみたいだ。私は人形の瞳を覗き込んだ。あー、これ瞳孔が凸状になってるのか。だからどこから見ても視線がこっち向いてるように見えるんだ。あー、なんかあったなー、そういうの。前世で錯視ドラゴンとか見た気がする。
お、これ球体関節だ。つまり腕とか動くのかな? ちょっと動かしてみる。おー、動いた。どこまで稼働するんだろ? お、結構いくね。へー?
私と同じ緑髪をしているけど、前世では昔の人形は人の毛髪とか使ってたそうだ。つまりこの緑髪も、誰か知らない人の髪なんだろうか……? こっちの世界に来てからまだ私以外に緑髪を見たことないけど、緑髪の人もいるのかな?
"私人形"はドレスを着ている。最初に着せ替えられたフワフワタイプのドレスだ。でも私が着たドレスではない。わざわざこの人形用に新調したっぽいね。ドレスを摘まんで観察してみると、内側などはあまり作りが良くない。なるほど、実用じゃないから見えないところはごまかされてるんだね。
私がドレスを観察していると、なにやらドアップ様の表情が変わった。これは……、不安? 残念? いや、なんだろう? するとドアップ様の指示で鳥籠メイドさんが動いた。クローゼットを開ける。む、あのクローゼットが開くところなんて初めて見るな。何が入って……、うわーっ!
クローゼットは10段くらいに仕切られ、上から下までびっしり私サイズのドレスが収まっていた! いつの間に!? あ、何着かは見覚えある。上の方は帽子とか小物類もあるね。あんなのまで用意していたのか……。いつ着るんだ、あんなにいっぱいのドレス?
私が驚いていると、ドアップ様はニコニコに戻った。なんだ? なんだったんだ? まぁ……、いいか。みんなニコニコだ。それで良いのだ。そこに悪意みたいなのは1つしかない。そう、後ろの方に。
お城にも悪意みたいなのを感じる人がいるのだ。追いかけられてたときは結構な人たちから感じられた悪意みたいなのは、数日でだいぶ減っていった。けど、まだ残っているのだ。
例えば、今も後ろにいる先日から入ってきた新人メイド。さんぼうじゅっすう? さんぼうじゅつすつ? ……が渦巻く貴族の世界。新人なのに我が物顔で、前からいた私のお世話補佐の見習いメイドちゃんよりも正規社員オーラを感じる。コネ採用だろう。さすが貴族、汚い。
他には魔法使い3人の若い人。お城にも色々あるのだろう。出世目指して虎視眈々と下剋上を狙っているのかもしれない。事情を知らない私は特に何もしないけどね。
しげしげと人形を見つめていると、おじリーダーが何やら言ってくる。またか、またリアクションを求められてるのか?
えーと、そうだ。確かこの人は頷けば喜んだハズ、私は頷いた。ほら喜んだー! チョロい。この人相手のときは、頷いてればなんとかなるようだね。私はまた賢くなった。ノーベル化学賞受賞も近い。妖精が頷くと中年男性が喜ぶ学説は定説になったのだ。
ドアップ様が私や私人形をなでたり、銀髪ちゃんがじとっと私と私人形を見比べてみたり、そうしてひとしきり満足した後みんなは、部屋を出ていった。
え、ちょっと! 人形置いていくの!? 持ってってよ、怖いって!
私と私人形、そして鳥籠メイドさんが取り残された。鳥籠メイドさんは私人形をスタンドごと壁際の台に移動させる。なるほど、私人形は今後ずっとあそこから私を見守ってくれることになるのだろう。
捨ててきたら怒られるかな……。
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