051. 影響

 朝は河の水が引いていく。そしてまた、夕に水が登ってくる。これが5日は続くという……。もう4年は起こっていなかったそうだが、時期はずれるものの、本来毎年発生するそうだ。結構うるさくて集中力が途切れてしまう。



「姫様、集中が途切れておりますぞ」

魔術師団長が指摘してくる。


「ふぅ……。難しいですね、魔法というものは」


「ほっほ、それはそうですじゃよ。王城には生活魔法なら使える者が多く勤めておりますが、それは王城が人材を掻き集めておりますからの。一般には魔法を使えるだけでかなり凄いのです」


「しかし、どうせならもっと強力な魔法を習得したいものです。魔術師団長殿はどのように魔術をご使用なされているのです?」


 一般に、魔法と言えば広く魔力で行使されるものを指し、魔術は魔法の中でも戦闘などに使用できる強力なものを指すことが多い。まぁ、厳密に定義されている訳ではないそうなので、人や場面によってまちまちらしいのだが。


「ワシの場合は気合ですじゃ。どれ、見ていてくだされ」


 そうして魔術師団長が、演習場の奥に設置されている的を見やり、魔力を高める。なるほど、今ならわかる。魔法発動前には既に魔力の動きがあるのか。



「はぁ……、ふんぬぅぁあっ!!」

パスン!!


 魔術師団長が絶叫とともに杖を振り下ろした一瞬後、的を射抜いた炎の弾が意外に軽い音を鳴らす。しかし見た目は悲惨だ。あんなものを人が食らえばただでは済まないだろう。



「王女殿下、あまり真に受けない方が宜しいかと……。師団長殿の魔術の使い方は少し特殊です」


 魔術師団の1人が話しかけてくる。私も理解していますよ、今のが普通ではないことは。むしろ魔術師団長が魔術行使の度に絶叫することは有名な話だ。



「地道に魔力操作の練習、そして詠唱の知識。地味ですが魔法および魔術に近道はありませんよ」


 それは本当なのだろう。魔術師団長ですら昔はきちんと詠唱して魔術を使っていたそうなのだから。


「ふぅ、道は長そうですね」


「ふむ、姫様は攻撃魔法に興味がおありなのですかな? しかし戦闘に使用できる魔術と呼べる域まで習得できる者など極々一部ですじゃ。そう簡単には習得はできませぬぞ」


 言外に、魔術師団長が私には無理だと言ってくる。魔法の才に目覚めたと自覚した際には高揚したものだが……、いや、高望みだ。全く使えなかったものが使えるようになったのだ。僥倖だと思わねば。



「まぁ、過去に突然才能を開花させたという話も皆無ではないのですがな。例えば、絶体絶命の危機に陥った際に、無我夢中で魔術を放てたという話は、よくききますじゃ」


 絶体絶命の危機に……、気合で放つ……。また野盗に襲われるようなことでもあれば開花するのだろうか。そんなことは無い方が良いに決まっているが。


 そんなことを考えていると、最近よく見る侍女がやってくる。



「あら、シルエラ。あなたもこちらに来たのですか」


「はい。王女殿下に魔法の才が芽生えたそうで、おめでとうございます」


「ええ、ありがとう。でも実用には向いていないようよ」



「わざわざご足労願いすみませぬな、シルエラ殿。今日お呼びしたのは、シルエラ殿にも魔法の才が芽生えていないか確認がしたかったのじゃよ」


 なるほどシルエラも妖精様のお傍に仕え、この数日間では最も長く妖精様と共にいる。私の魔法が妖精様の影響であるとすれば、次に影響が出るのはシルエラ……。いえ、私の専属侍女も馬車旅では私と同じだけ妖精様の光を浴びていたではないか。


「ニーシェ、あなたも参加なさい」


「おお、そう言えばそうですじゃの。ニーシェ殿も確認してみましょうぞ。では、2人にはあの的を魔法で狙って頂きたい」


 魔術師団長が的を杖で指し示すが、シルエラは難色を示す。


「あの、わたくしは魔法の発動方法を知らないのですが……」


「ああ、そうでしたか。では、ニーシェ殿は?」


 魔術師団長が私の専属侍女に話を振る。


わたくしめは一応、火の生活魔法を使えますから……。詠唱も存じております」


「よし、ではさっそく試射を。そうじゃな、杖はこれをお使いくだされ」



 練習用の魔術杖を受け取ったニーシェが魔力を高め……、そして杖を構えて……、詠唱を始める。


「我ニーシェが求める……、炎よ、我が敵を穿て!」

パスンッ



 軽い乾いた音が鳴った。的には届いていない。近距離戦で辛うじて牽制に使える程度か。いや、詠唱がある分近距離戦では実用できないか? しかし、それでも羨ましい。



「ほうほう、発動はしましたな。もともとご使用できたので?」


「いえ、以前は発動させることができませんでした」


「なるほどなるほど、やはり妖精様の影響と考えるべきか……」



 魔術師団長が押し黙る。その間に魔術師団の1人がシルエラに魔力操作などを簡単に説明している。私も初日の最初は攻撃魔法が使用できるか確認された。結果は使用できず、生活魔法の練習に重きを置いているのだが……。



 そうして、ニーシェから杖を受け取ったシルエラが的に狙いをつけ、詠唱――。


 ズドンッ!!



「なっ!? なんじゃとっ!?」

「おおっ?」


 的どころか、演習場の壁に穴が開いた!

この場にいるものは、当の本人も含め皆唖然とする。私などは絶句だ、言葉も出ない。



わたくし、やらかしてしまったようでございますね……」

驚愕から復帰したシルエラが杖を魔術師団長に返しながら言う。


「いやはやこれは……、シルエラ殿には力加減を覚えて頂く必要がありそうですな」


「あの……、おそらく、これの影響ではないかと思われます」

シルエラは自身が付けていたネックレスを示す。


「先ほど魔法を放ったとき、このネックレスが熱くなったのです」

「ふむ、少し拝借して良いですかな?」


 バチッ


「――っと! ふむ、これは……」

魔術師長が目を細める。


「シルエラ殿以外には触れぬようになっておるようですな……。おおっ、これは霊石?」


「おおっ、西棟の傍に霊石が生えてきたとは聞き及んでおりましたが、これが!」


 魔術師団員達が騒ぎ出す。と言っても、この場に居るのは魔術師団長を含めて3人だ。残りは軒並み東の国境に行っている。


「このネックレスはどうしました?」

「おそらく妖精様に頂いたモノです。寝ている間に着けられておりました」


「うーむ……、報告内容が増えてしまったのぅ」


 魔術師団長が頭を抱える。そばに居る魔術師団員は、ネックレスを興味深く観察していた。



 あるじゃない近道。


 正直、欲しい。私は空を見上げた。


 妬みは不幸を呼ぶ。そうでなくとも私は最近、皆から視野が狭いと注意を受けているのだ。私は私で、自分の力で成し遂げるべきなのだろう。魔法などつい先日まで使えもしなかったではないか。私の使命は国を立て直すことだ。その手段は魔法だけではない。私には私にしかできないことがある筈だ。



 はぁ……。絶体絶命の危機に気合でズドン、か。



 太陽が眩しい。もう夏だ。


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