049. 王への報告

「で、その子供を妖精が助けたと?」

「左様でございます」


「今は酒場で騒いでおると?」

「左様でございます、王よ」


 ふーむ、逆流の日に妖精が街に行けば要らぬ混乱をもたらすかと思い、城に留めるよう指示しておったが、逆効果だったかもしれんの。



「そうか。逆流はまだ数日続くだろうが、もう妖精を城に留める必要もない。好きにさせよ」


「承知致しました」



 前宰相はその辺、実に上手くやってくれておったが、まだ若いこやつにそこまで求めるのは酷というものか。父親の才能は継いでおるようだから、経験さえ積めば名宰相と言われた父のようになろう。時代が違えばこやつも良き文官として父から学べたろうになぁ。




「次に、商人ギルドの件でございますが……」


「ああ、あやつな。どうやら上手くやったようじゃの。妻から聞いておるぞ、これでもかという程な……」



 商人ギルドのマスターが、妖精グッズやらを売り出したいと許可を求めてきている。そんな書類が数日前に来ておった。



 ワシは自他共に認める事なかれ主義だ。その欠点を上手く埋めてくれておったのが前宰相だったのだが、奴はもうおらん……。妖精などという前代未聞の問題に対して、ワシ主体で判断していかねばならん。前回は「何もしない」という決定を下したわけだが……。今回の相手にもその手を使ってやった。


 許可が欲しければ直接本人から得よ、ワシは何もしない、と。



「はい、妖精様を模した品々の売り出し許可を、直接妖精様から得たようです。こちらが契約の詳細書類でございます」


「ふむ、目を通しておこう。しかし、まさか許可を得てくるとは思わなかったの」


 今代の商人ギルドマスターはあまりパッとしない印象であったが……。



「あやつめ、どうやって妖精と意思疎通を成功させたのだ? 聞けばあやつ以外、まともなやりとりなどできておらんのだろう?」


「一応、街で子供らが妖精様と交友していると報告が上がっております」



「ワシも聞いておるがな、それは意思疎通のレベルなのか? ただ遊んでおっただけだろう。しかし商人ギルドのマスターは契約の締結までこなしおった」


 正直、驚愕だ。もう妖精関連は全部あやつに任せれば良いのではないかな、そんな考えがワシの頭を塗りつぶしてくる。


「そうですね。その場にいた侍女などにも聞き取りましたが、別段これといったことはしていなかったようです」



「うむ、まぁその話はもういか。ところで、教会の混乱はどうなったのだ?」


 先日、件の妖精が教会を訪れた際に、意見の相違から枢機卿のうち1人が乱心したと報告を受けておった。その1人は妖精反対派にまわったとかいう話であったが……。



「は、ゲイル猊下が抑えておられるとのことです」


「そうか」

ゲイルは我が国3人の枢機卿のうち、最もまともなヤツだ。あやつが抑えておるならまぁ、問題あるまい。



「妖精は信仰の対象だから引き渡せ、などと言われんだけ有難いな。もう1人の若い枢機卿は妖精を教会に迎えるべきと言っておるのだろう? 意見が一致しないように適当にかき回しておけ」


「はい、そのように指示しておきましょう。それから……」


 む、まだあるのか。他に何かあったかの?



「ティレス第一王女殿下に関してですが、魔法の才に目覚められたとのこと」


「ぬ、なんだと……?」


 そんな報告は受けておらんぞ。ティレスは魔法を使えなかった筈だ。10歳まで全く魔法を使えなかった者が、特訓などなしに急に使えるようになるなど聞いたこともない。



「どういうことだ?」

ワシは訝しむ。



「まだまだ実用レベルではないとのことですが、魔術師団長の話では妖精様の影響ではないかと。なんでもティレス第一王女殿下は隣国より帰国中、馬車の中で3日ほど妖精様の光を浴び続けていたそうでして、それが要因ではないかと」


「うーむ。もしそれが本当なら、他の者にも影響が出始めるやもしれんな。」


 もし妖精の光を浴びれば誰でも魔法が使えるとなれば、悪意ある人間が不用意に近づけぬよう対策が必要になる。どれほどの頻度で浴びれば、どれほどの才が開花するのかを把握しておかねばならん。



「妖精付の侍女がおっただろう、あやつはどうなのだ?」


「把握しておりません。調査致しましょう」


「ああ。ティレスの才は実用レベルではないのだな?」

ワシは確認する。これは重要なことだ。



「そう聞き及んでおります」


「そうか。実用レベルになる可能性は?」


「魔術師団長の話では、このままでは無理とのこと。努力を続ければ生活魔法は実用可能に、それでも戦闘使用レベルには至りません」


「ふむ、であればい。ティレスのことは、本人が望むなら魔術師団長に師事させよ」


 ティレスもまだ視野が狭い。教育内容は問題なく習得しておるようだが、精神面を鍛えてやる良い機会かもしれぬな……。戦時中だの不作だので、知識ばかりを詰め込みすぎたのやもしれん。


「承知いたしました。では私めは、これにて」

「ああ」



 はぁ、ようやく終わったわい。胃が痛い。


 今日はもう書類仕事がいくらか残っておるだけだ。さっさと処理して寝てしまおう。

そうしてワシが書類に向かっていたところ、なんと件の妖精がやってきた。今日はまだ、胃の痛みが続くようだ……。


「どうした、何か用むぐっ!?」


 妖精はワシのクチの中に何かを突っ込んできた、なにをしおる!



 ……む? これは、なんと美味。しかも体から力が漲るようだ!! 胃も痛くない。ははは、うい奴め。なるほど、妻が妖精に傾倒する理由が少し分かったやもしれぬな。



 書類仕事を終わらせたワシは、久しぶりに快眠を得るのであった。


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