045. 交渉
なんとなんと、数日前にこの王都に妖精様が訪れました。
私共商業ギルドとしましては、それはそれは切に妖精様で街興しがしたい次第なのですよ。何と言っても妖精様です。今まで神話や絵本だけの存在と思われてきた、さらには女子供に大人気の妖精様です。これを題材にして外す方が難しい。当たり間違いなしの商機なのです。
妖精様にあやかった品の販売に関して城に許可を取ろうとしましたところ、なんと妖精様が良いと言うなら良いという回答でした。
私共は急ぎ妖精様グッズを用意させ、妖精様にお見せする準備を進めました。急ぎ用意させた品ばかりのため、凝った品は用意できなかったのが残念です。
簡単に作れるクッキーに妖精の焼き印を入れた品、既存のオルゴールで装飾加工前のモノに妖精や草花の装飾を彫り込んだ品、そういった品々です。
城に入れる人数も限りがありますので、人選にも気を配りました。2人は将来有望な私の弟子、1人は画家、最後に彫刻家。街に妖精様の彫刻なども飾りたいものですし、絵画が用意できれば貴族向けに売れますでしょう。副ギルドマスターが何故私が行けないのかとゴネておりましたが、留守を任せておくため残す必要がありました。
先日、冒険者ギルドにもこの話を持ちかけましたが、冒険者ギルドのギルドマスターはあまり芳しくない反応でした。今年は"双子神"様の逆流が激しくなると予想されますため、仕方がないところもあるのでしょう。
第2騎士団は、王都よりも大きな被害が出るであろう港町へ災害支援に出立したようです。第1騎士団はもとより東の国境へ出張ったまま。全員が全員出払っている訳ではないのでしょうが、今やこの王都は騎士団が不在の状況です。
もし"双子神"様の逆流が王都にまで届けば、その際に仕事が回ってくるのは冒険者ギルドになりますでしょう。妖精様にお会いできる本日が、逆流の始まる当日だということも偶然ではないのかもしれませんね。災害の予想される日に行方が分からないのでは、さぞ心配することになりますでしょう。
そうして私共5人は、妖精様のお部屋に通されました。ほうほう、ほうほう。こちらが妖精様ですか!
「これはこれは、なんと可愛らしい、なんとお綺麗なのでしょう!」
その容姿だけでなく、淡く光る舞い散る粒子も素晴らしい。これが本物の妖精様ですか。画家などはこの場でさっそくスケッチをしたそうにしておりますが、今回の訪問は商人としてです。この場でスケッチはできませんでしょう。
「ふふふ、そうでしょう。こちらの羽なんて、見る角度で色が変わるのです。まるで虹を見ているようですわ」
なんとこの場には王妃様もおられます。その王妃様がうっとりとしたお顔で妖精様を見ておられました。
「お可愛らしい妖精様に、お美しい王妃様、とてもとても絵になりますね。ぜひ絵に残したい所存でございます」
お世辞ではなく本当にお美しい。王妃様は以前お会いしたときよりも若返られて見えます。
「あら、クチが上手いわね。でも、それも妖精様のおかげなのですよ」
「ほう? と言いますと?」
「ふふふ、私、妖精様の入られたお風呂に毎日入浴しておりますの。それはもう、効果抜群なのです。体の痛みも取れお肌はピチピチ。素晴らしいですわ」
「なんとなんと、妖精様は古傷を治すと聞き及んでおりましたが、まさか美容にも効果がございますとは!」
「ええ、本当に驚きですね」
その風呂の湯などもよくよく観察してみたいものです。しかし、王妃様がご入浴された後の湯を要求などしようものなら、ご不快に思われるでしょう。ここはグッと我慢です。
「さてさて、ではさっそく妖精様に私共の品を見て頂きましょうか」
まずはクッキーを妖精様にお出しします。簡単な造りのクッキーですが、先日取り寄せた砂糖を多めに使用したクッキーです。多少奮発しても元は取れるでしょう。妖精様がクッキーに飛びついてこちらを窺ってきました。おお、本当に愛らしい。
「ええ、ええ。ご試食してくださいませ」
私は応えます。
すると侍女の1人が妖精様にお茶をお出ししました。……これは、これほど小さなティーセットを妖精様が現れたこの数日で用意したのですか。この小ささでカップを作ろうものなら、普通であればすぐに破損してしまうでしょうに。私共の情報網には、このような品を作っていたという情報はひっかかっておりませんでしたが……。
ふむ、何やらカップもただ小さいだけではなさそうです。1箇所に深い切れ込みが入っておりますね。ほうほぅ、そこからお茶を吸い取って飲むのですか。実に興味深い。
「失礼、このティーセットは王城でご用意されたもので?」
私は侍女に問いかけます。
「左様でございます」
「この切れ込みは?」
「この小ささですと、お茶は丸まってカップから出て来ないのです。ご覧のとおり、カップに切れ込みが入っていてもお茶がこぼれませんでしょう?」
「ほうほう、あえて切れ込みを入れて妖精様が飲みやすくされているのですね」
どうやら王城は、私共が思っていたよりも上手く妖精様とお付き合いなされているようですね。これ程の工夫、妖精様ご本人のご協力なしでは実現し得なかったでしょう。妖精様と円滑なコミュニケーションを実現されていると……、なるほどなるほど。
私共も負けてはおられませんね。妖精様と上手く交渉していきませんと。妖精様を見ますと美味しそうにクッキーを頬張っておられます。
「妖精様、どうでしょう? そのクッキーを王都名物として大々的に売り出したい次第でして、ご許可願えますでしょうか」
……食べることに集中されているようですね。しばし待ちますか。
その間に次の品を用意させましょう。
「おい、次はオルゴールを用意しなさい」
弟子がそそくさと妖精様のお姿を装飾したオルゴールを用意します。ふむ、本物の妖精様を見てしまった後では、この装飾も見劣りしてしまいますね。売り出す際には図案を改良する必要がありそうです。この装飾を施した本人である彫刻家も同じ思いなのでしょう。なにやら難しい顔をしておりました。
「妖精様、次にこちらの品なのですが……」
そう言って私はオルゴールを妖精様の前にお出しして蓋を開けます。流れる曲は、この国に古くから伝わる神話を題材とした戯曲の、妖精様が登場される場面の一部です。妖精様のご反応は……、あまりピンと来られていない様子。
「こちら、妖精様のお姿を彫り込ませて頂きました。この品もクッキーと合わせて大々的に売り出したく思いまして、妖精様にはご許可を頂きたい次第なのです」
妖精様は反応なされない。
「ええ、ええ、もちろん、妖精様にも利益の一部をお支払い致しますとも! 販売利益の2割でどうでしょうか?」
頷かれた! これはこれは、妖精様も手厳しい。しっかりと利益という概念をご理解なされている!
私共のこれまでの情報では、妖精様は人間社会の価値観とは異なる価値観をお持ちではないかという予測でしたが、いやはやいやはや、しっかりとした金銭感覚をお持ちのようです。
その後も私共は用意した品々をご覧になって頂き、販売の許可を取って参ります。妖精様は品を見るだけでは頷かれず、私が売買契約の説明をし終えると頷かれます。
驚きました。妖精様は高度な経済知識をお持ちのようです。あいまいな説明にはときおり首をかしげる仕草をされるのです。そのようなときは、こちらが詳しくご説明差し上げると即座に頷かれます。御見それ致しました。
そうして、マージンのお支払いは王城に四半期毎といった契約などを取り決め、私共はその場を下がりました。
これはこの王都を立て直す大きなチャンスです。商業ギルドが一丸となって対応していかねば。私は気合を入れるのでした。
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