035. 効果

 果物を食べ切ったとき、俺は体が熱くなるのを感じた。説明下手な俺が言葉で説明するのは無理だが、今ならなんでもできそうな気がする。そんな全能感があふれてくる。気付けば古傷も痛まない。これは凄い、まるで俺が俺じゃないみたいだ。体の調子が非常に良い。


 気づけば妖精はすでにいなかった。さっきの果物が何だったのか確かめようがない。



 俺は無性に今の力を試してみたくて、久々に魔物討伐をしてみることにした。先日、南と西の街道には護衛依頼が出ていた。護衛達が街道から魔物を追い払う筈だ。追われた魔物の一部が南西あたりに集まるだろう。そこなら近場で魔物を狩れる。俺は、穴場を見つけるといった要領は良いからな。おそらく場所にハズレはないだろう。




 準備を整え昼過ぎには南門から王都を出て、街道を西にそれ数刻歩く。


 いた……。


 5匹のウルフが群れている。すでに気付かれているな。普段なら牽制しつつ逃げるか1匹ずつ釣って倒すのだが、俺は不思議といけると思った。そのまま迎え撃つ。



 ウルフが突っ込んでくる。が、止まって見える。なんだこれは?


 俺は余裕をもって、右足を軸に左足を後ろへずらして体をそらしつつ、タイミングを合わせて片手剣を振り下ろした。ウルフはそのままの勢いで首と胴が分かれて地面に叩きつけられる。


 ただの鉄剣だが、どこまでなら衝撃を与えても剣が耐えられるか感覚でわかる。まるで剣が体の一部になったように。


 同時に別角度から2匹目のウルフが突っ込んで来ている。左足に重心を移しつつ右足を下げながら、振り下ろしていた片手剣を振り上げた。


 振り下ろしよりも威力が落ちる筈の剣撃は、後退しながらの1撃にも関わらず、そのままウルフを半ばまで切り裂いた。打ち上げられたウルフは錐揉みしながら俺の上を越えていく。


 体が思った通りに動くぞ。想像はしても実践はできない、そんな理想の動きに体が違和感なく付いてくる。これは異常だ。



 無惨に散った2匹を見て、残り3匹が動きを止めた。その内の1匹に俺が走り寄ると、相手は避けようと予備動作を開始した。


 全てを見てとれる。飛び退ろうとするための重心移動。右前足が若干他よりも深く沈み込んでいることで、そのウルフが右へ、俺から見て左へ飛び退ろうとしていることが瞬時に理解できた。


 なんだこの観察眼は。そういった判断ができたことに戸惑う自分と、その判断は間違っていないと確信する冷静な自分が同居している。


 冷静な方の自分が、左に飛び退ろうとするウルフの動きに合わせて進行方向に剣を合わせた。ウルフは剣の勢いに自身の勢いをプラスされた1撃を食らう羽目になり、前足2本と本体が別々の方向へ飛んでいく。


 残り2匹。砂を蹴り上げ1匹を牽制し、その隙にもう1匹を屠る。返す刀で最後の1匹、あっという間だった。



 他人であったなら、どんなに高名な剣士だろうかと思ったことだろう。それを俺がやった。やはり俺の体は何かが変わったのだ。


 絶対に妖精の影響だ。あの果物が原因としか考えられない。これはギルドに報告しておいた方が良いだろう。果物を食べるだけで怠惰な冒険者が英雄になれる、そんな馬鹿な話が出回ればどんな騒ぎが起こるか分かったもんじゃない。急いで帰る必要がある。ウルフの討伐部位だけ回収して解体もせずに処理し、帰路に就いた。




 ギルドに戻るとすでに暗くなり始めていたが、俺は受付嬢に体の異常を伝えようとした。


「あら、ダスターさん。あの後どこに行っていたんですか?」


「あ、えーと、魔物を狩りにな……」


「え? 珍しいですね、ダスターさんが討伐なんて」


「ああ、それで……、昼に妖精が来たじゃないか」

何から話せば良いのか、俺は説明下手なんだ。


「来ましたね。あの後大変だったんですからね! ギルマスがめちゃくちゃ不機嫌で下りてくるし、私は止めたのに妖精が上に行ってたみたいで……。気付いたらダスターさんもいないし」


 捲し立てられると、余計話が分からなくなる。よくこんなに流暢に話せるもんだ。羨ましい。


「ああ、それはすまなかった。それで、その妖精から果物をもらったんだが……」


「果物ですか? そう言えばお昼に何か、クチに突っ込まれていましたよね? 大丈夫でした?」


「ああ、大丈夫……、いや、ちがうか。あの果物はな、食べると体の調子が良くなると言うか……」


 あの果物の効果は異常だ。それをどう話せば伝わるのかと考えていると、受付嬢が言った。


「ああ、ダスターさんもなんですね!」


「……も?」

あの果物を他にも食べた奴がいるのか? あれほどの効果だ、他にもいたならウワサくらい聞いてそうなもんだが……。


「ええ、なんでもあの妖精の近くに行ったら、傷が治ったり体の調子がよくなるんですって!」


 なんだって? つまり俺の体の調子が良くなったのは果物のせいじゃなくて、妖精が近くに来たからなのか?


「西門の人たちとか、戦争の古傷が治ったって大騒ぎですよ! それに、この前もギルドに妖精が来たじゃないですか? あの後、冒険者さんの何人かは怪我とかも治ってすごく調子が良くなったんですって!」


 そうか……、俺は特別な力を手に入れた気になっていたが、結構な人数がこの状態になっていたのか。先に受付嬢が説明してくれて良かった。俺1人が特別だと思い込んで自慢でもしようものなら、大恥をかくところだった。


 昔先輩も言っていた、調子に乗り過ぎた奴から死んでいくって。そして俺は少なからず、今まで馬鹿にしてきた奴らを「ざまぁ」と見返してやりたかったんだと気づいた。


 危なかった、調子に乗ってはいけない。俺なんて駄目な奴は、3日に1度くらい適当に稼いでいればいいんだ。


「あの、ダスターさん?」



 なんだか恥ずかしくなった俺は何も言わず逃げ帰った。


 しまったな、ウルフの討伐部位をギルドに提出してなかった。


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