019. 帝国
「で? 呪いが解かれたそうではないか」
第二皇子派の大臣に失態を指摘してやったが、まるで意に介さないというようにニヤニヤしたままだった。そのでっぷりとした体格とねっとりとした視線が不快感を誘う。
我がザルディア帝国では現在、帝位継承争いが水面下で起こっている。
順当に行けば我が敬愛する第一皇子殿下が次代の皇帝となられるのだが、それを良く思わない第二皇子派は、隣国ファルシアン王国を落として戦果とし、帝位継承で優位に立とうとしていた。
しかし我々の敵は西隣の王国だけではない。王国との戦を長引かせば他国に何をされるか分かったものではなかった。よって第二皇子派は王国に様々な工作を行っている最中だ。その一環として王国の前宰相に続き王妃を亡き者にしようと呪いを掛けていたが、それが突然解呪されたという。
「いやはや……、元帥閣下、そちらは第一王女の襲撃に失敗したと聞きましたが?」
ニヤニヤ顔で大臣が矛先を変えてくる。
「王女の襲撃はもともと予定になかった。そちらが急遽襲撃しろと指示してくるから応えてやったというのに何だその言い草は? そもそもあの森では魔力溜から強力な魔物が生まれると言っていたではないか! その魔物が王女を襲うから放置で良いという方針ではなかったか?」
我は言い返す。野盗とて無限ではないのだ。わざわざ使い捨てにしても発覚しないような冒険者を探し出して、最低限の再教育まで施して送り出しているのだ。今回の王女襲撃失敗で最も使いやすい連中を欠いてしまった。
「襲撃に失敗しておいて、まるでこちらが悪いような言い様ですな。しかも失敗した理由が妖精? そんな御伽話を言い訳に出してくるなど閣下もそろそろ引退を考える時期でしょうかな」
「何を言うか! 結界で魔力の流れを変えて雨を止め、集めた魔力で強力な魔物を生み出し王国に解き放ち、不作と魔物災害を1度に起こすと豪語していたのはそちらではないか! 強力な魔物どころか、目ぼしいモノは何も生まれていないのに魔力溜りは消えてしまった。そもそも何故あの国に雨が降っているのだ? 結界は機能しているのか!?」
「それがですな、調査を行わせようとしましたところ、雨が降り出した翌日には王都に忍ばせていた間諜の大半が摘発されてしまいましてな」
「後手後手に回っておるではないか。王国にこちらの動きが感付かれたのではないか?」
こ奴が開戦前に失敗して開戦が延期されるなら問題はない。しかし中途半端に成功・失敗をして万全でないまま開戦してしまい、王国を落とすのに時間を掛けてしまえば、我々が他国の格好の的となってしまう。敵派閥とは言え、大臣には大失敗させるか大成功させるかの選択肢しか、こちらは取れなかった。どちらにしても失脚させる材料は集めておく必要がある。
「まぁまぁ、まだ仕込みは色々と残っております」
得意気に応えてくる。大臣の応えはいつも答えになっていない。
「まず、いつ開戦しても良いように、あちらのポーション類は他国を複数通して買い占めております。いざ戦となったとき、あちらは満足に回復もできないでしょう」
身振り手振りが大げさでシャクだが、戦の際に相手が回復できないというのはでかい。いくら倒しても無限に回復などされたら勝てるものも勝てないからだ。
「さらに、すでに王都の地下は掌握済みです。地下水路から直接王城に至るルートも確保しました。地下水路には遅効性の毒も投入済みでして、夏頃には病が流行するでしょう。秋には奴らの体力も残っておりますまい」
「手ぬるいのではないか? あそこの地下水路は下水道だろう? なぜ上水道に毒を投入しない?」
「おや、おやおやおや。元帥閣下はご存じありませんか? あそこの下水道はほぼ全てが繋がっており、そこを突けば王都全体に影響を与えられるのです。対して上水道は、貯水槽や貯水池などに分散された供給となっておりまして、どこか1つを突いても部分的な影響しかでないのですよ。さらには水不足にさせておりますでな、王国の上水道など最早攻撃する必要もありますまい」
「ふん、そうか」
「まだありますぞ、王都近くにスタンピードを起こすのです」
「なんだと……? それはアレが手に入らず廃案になったのでは?」
スタンピード、魔物の氾濫だ。発生すれば大きな被害は免れない。本来スタンピードは魔力溜りなどで魔物が増えるなどの原因で起こる自然発生の災害だ。それを人為的に起こすのは簡単ではない。
「ふふふ……、今回の解呪であちらも失敗しましたからな。失敗を突いてやればアレも渡してくるでしょう」
「2つしか残っていないのだろう? 渡してくるか?」
「問題ありませんよ」
「では、予定通り秋のガルム期に開戦を?」
「そうです。万事予定通りですよ。 では私はこれにて、これでも忙しい身ですのでな」
くそ、結局開戦は回避できないか。開戦前に大臣を失脚させられる見込みがあれば妨害にまわるのだが、開戦するとなれば協力せざるを得ない。
私はでっぷりと歩いていく大臣の背を見送った。
しかし、第一王女の襲撃失敗原因の報告にあった妖精。なにをバカなと思ったものだが、未だに詳細が分からない。大臣が言っていた間諜の大量摘発は嘘ではなかった。こちらの派閥の間諜も大量に失っており、今や王都の情報を得るのが難しくなっているのだ。
しかし、王国も疲弊しており、そこに工作を加えるのだ。落とすのに問題が出る筈はない、勝利は約束されている。問題は勝利後、いかに第二皇子派を追い落とすかだ。
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