017. 思い


 昨夜から指示を出していた通り、妖精様付き侍女が鳥籠をサロンに運んできた。


 妖精様に会いたがっていたお母様のために、私達は小さなお茶会を開くことにしたのだ。冬からご病気を……、いえ、呪いを受けていたお母様は昨年の社交シーズン以来のお茶会となる。憧れの妖精様に会えるとあって、小さなお茶会とは言え張り切っておられた。


 とは言え、行動に予測の付かない妖精様だ。またいつ居なくなるのか全く分からない。よって、妖精様がまだ寝ている内にお茶会の会場としたサロンへ運ばせたのだ。そのため、お茶会にしては異例の早朝開催となった。



「まぁ! まぁまぁ! これが妖精様なのね!」

鳥籠を覗いてお母様が嬉しそうにされる。そのとろけきった表情は、吊り目の厳格そうなお顔で凛とした態度である普段からは想像が付かないほどだ。ギャップが激しい。


「あら! 起きられたわ! 寝ていても起きられても可愛らしいわね! この布は除けても良いのかしら?」

その発言を受け、私は妖精様付き侍女に目線をやり鳥籠の布を開けるように指示する。



「ふふふ、これで全身がよく見られますね。羽もなんて綺麗なのでしょう。日の光を受けて七色に見えますわ。光の粒子を纏われておられることもあり、非常に美しいです。絵本など足元にも及びませんね」



 お母様は本当に元気になられた。呪いが解けただけでなく、以前より明らかに若々しくなられている。肌も艶々していて、子供の様に妖精様を愛でている今ですら妖艶さを醸し出しているほどだ。



「ティレス! 妖精様が笑われましたよ! なんて可愛らしい」


「お母様、はしたのうございますよ。もう少し落ち着いてください」


「あら、妖精様なのよ? ティレスは嬉しくないのですか?」

お母様は少し不服そうな顔を私に向けられた。


「それはもちろん嬉しいに決まっています。お母様の呪いが解け、他にも国に起きていた様々な問題が解決できそうなのですから」


「……違いますよ、そういう話ではないのです。妖精様ですよ? 絵本に出てくる可憐な妖精様です。妖精様にお会いできた者などそうそういないでしょう。憧れなどはないのですか?」


「……憧れ? ですか?」

何を聞かれているのか、いまひとつ分からない。


「はぁ……、私はあなたの育て方を少し間違えてしまったのかもしれませんね。あなた程の歳の女の子と言えば、妖精や精霊、天使や白馬の王子様といったものに憧れたりするものなのですよ」


「そういうものですか。しかし私は戦争や不作で傾いたこの王国を王族の1人として立て直す義務があります。文字の勉強として幼い頃に絵本を読んだ経験はございますが、すでにそのような絵本にうつつを抜かす年齢でもございません」


「そう……、そうね。あなたには、まだ幼いのに負担をかけてしまっていますね」

お母様は一瞬、少し悲しそうな顔をされた。



「あら? 妖精様はクッキーを所望のようですね。さぁさぁ、存分に召し上がってくださいな」

そう言ってお母様がクッキー皿を前に押し出すと、すぐさま妖精様がクッキーに飛びついた。



「ふふふ……、妖精様には少し大きすぎたみたいですね」


妖精様はそのまま食べるのを諦められ、クッキーの端をコツコツと叩いて砕かれている。小さくして食べるようだ。



「ところでティレス、もう少し妖精様を敬いなさいな」

お母様が軽い口調で注意される。


「私は……、敬っておりますよ?」

昨日 一昨日と散々振り回され、少々うんざりしていた私は、答えるのに少し間を開けてしまった。



「そうですね、まぁ、注意はしましたよ。聞けばあなたも命を救われたのでしょう」


 分かっている。妖精様に王国の問題を解決する力があると分かってから、私はどこか妖精様を道具として認識していた。しかしこのような状況だ、利用できるモノは何でも利用すべきだ。つい数日前まで、あのままでは国が無くなってしまうかもしれないという程だったのだ。


 いや、だからこそか……。そんな危機的状況を一度に解決してくださるかもしれない妖精様だからこそ、もっと敬えと。確かに私とお母様で、もう2度も救われている。



 お茶会の解散後、私は妖精様の部屋まで付いて行った。

鳥籠の中におられる妖精様を見つめる。……本当に何もかも状況が変わった。このチャンスを逃す訳にはいかない。


 そう決意していたと言うのに、妖精様はまた突然出て行かれた。


「妖精様っ!」

私は茫然とその姿を目で追ったが、あっというまに見えなくなってしまったのだった……。


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