012. 聖域

 なんてこと! 私は歯噛みした。

昨夜のうちは大人しくされていたのだ。それで私は安心してしまっていた。


 お兄様と話し合って、妖精様を鳥籠に捕縛した侍女をそのまま妖精様付き侍女とした。専属侍女だ。偶然のことであったが、彼女は中立派の家から行儀見習いとして仕えていたため、妖精様をどこかの派閥に深く関わらせたくない今、ちょうど良かったのだ。


 そんな妖精様付き侍女が朝一番に私のところへ血相を変えて報告に来た。

今朝確認すると妖精様がすでに居なかったと。


 本日は妖精様をお母様のもとへお連れし、なんとかお母様のご病気を治癒して頂く予定だったのに! 私は妖精様の捜索を指示して、お兄様にも情報共有した。



 侍女達の聞き込みにより妖精様はどうやら外に出てしまわれたらしいことが分かった。内門の門番や外回りの衛兵の数名が目撃していた。

しかし雨が降っていたこともあり、目撃証言はそれほど集まらなかった。


 方向的に貴族街か庶民街に向かわれたのではないかという話になり、捜索部隊を編成することになった。第2騎士団から可能な限り人数を出して頂き、街へ捜索に向かわせた。


 昼を過ぎても妖精様の足取りはとんと掴めなかった。多くの騎士を街へ向かわせたことで挙動の怪しい人間を何人か捕縛したという報告も受けたが、今はそのようなこと些末なことだ。こんなことになるなら昨夜の内にお母様のもとへお連れすれば良かった。王族たるもの後悔するなと散々教育されているが、後悔せざるを得ない。


 王都ではここ数年、これほどまともなしっかりとした雨は降っていなかった。そのため不作に繋がっていたが、数年ぶりにまともな雨が降った今日は街の人達が大騒ぎしているらしい。そのような状況でもあり、街で内密に妖精様を捜索するということは、私の予想以上に困難なのかもしれない。




 そうこうしていると、なんと城内から妖精様の目撃証言が出てきた。突然床から妖精様が上がってこられたという。戻って来られたのか! すぐに騎士を呼び戻し、手すきの侍女と共に城内の捜索を指示して、私も探しに出る。すぐに居場所を特定できると思っていたが、妖精様はまたもや城内中を飛び回っておられるようだ。それぞれの目撃証言ごとの場所の離れ具合に、どれほど馬鹿げた移動をされているのかと眩暈がする。


 ようやく捕捉できたとき、妖精様は浴場で非常に高い水しぶきを上げられながら、あり得ない速度で泳ぎ回っておられた。そんな非常識な光景に私や侍女は皆呆気に取られ、その隙をつかれて再び妖精様に逃げられてしまうのだった。


 なんたること、またもや振り出しに戻ってしまったの!? んもぉっ! あのクソ妖精!!



「お兄ちゃん! もうイヤ! もうイヤよ!!」

様子を見にきた兄に私は思わず泣きついた。


「まぁまぁ、落ち着いてティレス。それより風呂が光っているようだけど、これはどうしたことだい?」


「え?」

言われて私は改めて湯船を見る。本当だ、光っている。


「分かりません。この湯船には先程まで妖精様がお入りになっていたのです」

「なるほど、それじゃぁ魔術師団長に調べさせてみようか」




「こ、これは……!」

しばらくして呼び出された魔術師団長は、一目見て驚愕の表情を浮かべた。


「これは驚きましたぞ、この湯には強力な治癒の力が宿っておるようです。この湯はほとんど聖水、最早一種の聖域になっておりますじゃ!」

その言葉に、この場に居た皆が騒然とした。


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