007. 帰還
これはどうしたことかしら?
馬車の中から外を眺め、私はしきりに疑問を浮かべた。
この国は今年も不作が予測されていた筈だ。私が隣国に旅立った際にはまだ種がまかれたばかりで私には分からなかったが、それでも早めに種まきされた作物の元気は無かったように見えた。
それがどうだ。畑には少々小振りなものの青々とした作物が生き生きと育っている。素人目にも畑に活力があることが見て取れる程だ。まさか、不作は終わった? 本当に?
森で野盗に襲われてから、私たちは予定を変更して途中の街を全て通り過ぎ、強行軍で王都を目指した。その甲斐もあって魔物の襲撃はあっても2度目の野盗の襲撃は受けずに済んだ。
街に立ち寄らなかった理由はもう1つある。馬車の上に妖精様が居られたからだ。妖精様を乗せたまま街に立ち寄ると要らぬトラブルを引き起こしそうだったこともあるし、何よりあれ程の癒しの力をお持ちなのだ。このまま王都まで妖精様をお連れできれば、お母様のご病気も治して頂けるかもしれない。そんな打算があった。
妖精様は馬車の上から全く下りて来られなかった。最初の出会いから考えて、もしかするとお隠れになっているつもりなのかもしれない。そのため、私たちは皆気付いていないように装った。妖精様は馬車の屋根の上に居られるためその様子は全く見ることはできなかったが、相変わらず光の粒子を散らしておられたので、そこに居続けられているということは判断できた。
3日間の強行軍を経て私たちは妖精様を連れたまま王都に到着することができた。出発前は味気ない灰色が立ち並んだ街並みに見えたものだが、相変わらず人通りは少ないものの街並みは夕日を浴びて色づき、王都がようやく永い眠りから覚めたかのように感じた。
しかし、遠くの王城は未だ沈んだ雰囲気に見える。いや違う、これは……。
私は、妖精様に出会ってからこれまで道中で感じていた違和感の正体を、はっきりと認識した。
前方は無機質で、私たちの周りから後方は鮮やかな街並みが広がっている。
帰ってきたら衰退から脱していたのではない、私たちが通ったところが色づいているのだ。いや、妖精様が通られた後か。
具体的に何がどう変わっているのか説明はできないが、私たちが通った後は明らかに場の雰囲気が良くなっていると感じられる。馬車の窓から横ばかりを見ていた私は気付かなかったが、おそらくこれまでの道中も前方をよく観察していれば、私たちが通る前は活力がなく近付くにつれ場に活力が満ちるといった現象に気付けたことだろう。
馬車の窓から見えていた馬車横の風景は、色づいた後の風景だったのだ。
王城の前で騎士たちと別れ、お父様である陛下に報告を上げるために謁見を求める。書面での報告は済ませてあるが、道中で発生した妖精様に関しては知らせを走らせただけだ。これから急いで報告書を纏める必要があるだろう。
馬車から去り際に馬車上をさりげなく確認したが、すでに妖精様のお姿はそこに無かった。私は少し心配になる。なんとかしてあの妖精様をお母様の前にお連れしたい。
そんな思いで侍女を連れ王城の廊下を進んでいたところ、兄がいた。
「お兄ちゃん!」
「こらこら、人前ではお兄様と呼ぶように言っているだろう?」
「あ……、申し訳ありません」
私は顔が真っ赤になる。
そこには第一王子で王太子でもある兄がいた。
兄は南国へ行っていた筈だ。帰国はまだ先になると思っていたが、まさか私より先に戻られているとは思わなかった。
「おかえりティレス、どうだった?」
「……駄目でした。お母様の治療も断られ、食料援助に関しては、見返りにあり得ない金額を要求され……」
私は目を伏せて答える。まともに兄の顔が見られなかった。
「あれほどの金額を私の一存で決めることはできません。1度国に確認をしてから回答をしたく、しばらくの滞在を要望したのですが、それすら断られまるで追い出されるように帰国するしかない状況となってしまいました」
「そうか……、それは大変だったね。ティレスはまだ10歳なのに、辛い思いをさせてしまった。すまないね」
「いえ……、でも友好国ですのにあれほど素気無い対応をされるとは思いませんでした。やはり私のような子供では外交対応など侮られてしまうのでしょうか」
隣国での対応を思い出すと、感情がどんどん落ち込んでしまう。
「ところで、お兄様の方はどうでしたか?」
「私の方も思わしくはない。治療に関しては全くだった。食料援助は取り付けられたが、それも十分とは言えない。
南は高い山に隔てられている。山向こうのこちら側にはあまり興味が無いみたいだった。そもそも南は"塔"派が主流だしね……」
この国の空には非常に大きな白い"橋"が掛かっている。周辺国からもあの大きな"橋"は見えるようで、あれを"橋"と呼んでいる国々を"橋"派と呼ぶそうだ。
ところが南方諸国からではあの"橋"が"塔"に見えるという。そのためこちらとは文化や宗教観念が大きく異なり、国同士の話し合いどころか行商などの個人間のやりとりすら難しいという。私も、あの"橋"をどう見たら"塔"に見えるのか全く理解できないため、南方諸国の価値観を理解することはできないだろう。
「やはり南は思わしくありませんでしたか……。これならエネルギアにはお兄様に行って頂き、私が南に赴けば良かった……。西のエネルギアにはお母様を治せるかもしれない高名な魔術師様が居られたというのに」
「こらこら、その話はもう何度も検討しただろう?」
兄はそう言って苦笑した。
「南国への道のりは険しい。高い山で隔たれている上、道も整備されているとは言えない。魔物の出没も西より多い。ティレスが向かうには危険すぎだ」
それを聞いて私は再び目を伏せる。自身の無能さに歯噛みした。
すると、突然城内がザワザワと騒がしくなり始めた。衛兵が走り回っている。
「どうした!? 何があった?」
兄が近くを走っていた衛兵を呼び止め問うと、衛兵は慌てて直立不動となり答える。
「ハッ! 城内を怪しげな光が飛び回っているとのことで、ただ今捕縛隊が組まれております!」
しまった、先に妖精様の根回しをしておくべきだった。
私はどこまで無能なのだろう。しかし後悔している暇はない、あの妖精様はこの国を救う唯一の手段なのかもしれないのだから。
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