002. 王女
この国は目に見えて衰退し始めている。
まだ成人すらしていない王女である私も外交に駆り出されるほど人手が足りていない。
数年前から不作が続き、さらには優秀だった前宰相が病で亡くなられた。しかもこの冬には王妃であるお母様まで同じ病に臥せってしまわれた。
前宰相に病状が出始めたときは大した病ではないと思われ、それほど大事にはならなかった。初期段階では仕事すらされていたほどだ。しかしお母様に同じ病状が出た際には、唯一の前例が死亡例であったため王城は大騒ぎとなってしまった。
冬が終わりガルム期が明けるとすぐに、王太子である第一王子の兄と第一王女である私は、食料の融通とお母様の治療を他国へ要請するために大使として派遣された。兄は南の隣国に、私は西の隣国にだ。
兄弟は第二王子である兄がもう一人いるが、こちらは東側の国境へ留まっている。東隣の国とは数年前まで戦争をしていた仲であり、休戦中とは言え未だ警戒が必要なのである。
私が遣わされた西隣のエネルギア王国は、魔術大国と呼ばれるだけあって非常に高名な魔術師が居られる。あの方ならお母様の病も治せると期待していたのだが、交渉は話にすらならなかった。診断すら断られ、食料融通要請も全く取り合って頂けなかったのだ。
国が傾けば悪いことが連鎖的に起こるのだろう。失意の中で帰国中だった私は野盗に襲われた。
「1班は右を抑えろ! 2班は左だ! 3班はそのまま馬車を死守! 負傷者は動けるなら3班に合流しろ!!」
「くそっ! なんだこいつら、やけに手練れじゃねーか!」
護衛騎士たちの叫ぶ声が聞こえる。当初は野盗ごとき問題ないと思われたが、数が多いだけでなくそこそこ腕も立つようだ。護衛騎士に負傷者が出るばかりか押されていることに戦慄する。
「姫様、心配は無用です」
最初はそう言っていた侍女も今では顔面蒼白だ。
一昔前では護衛付きの王族が野盗に襲われるなどあり得なかった。例年の不作で野盗が増えているとは聞いていたが、まさかここまでとは。目をつむり思う、覚悟を決めねばならないかもしれない。
そんな悲壮感は突然の優しい光によって振り払われた。何が起こったのかを瞬時に理解できた者はいなかったのではないだろうか。車窓から見える範囲では護衛も野盗も、馬車内では侍女も私も惚けていた。
「傷が……、治っている……?」
倒れていた護衛が立ち上がり、それを見た護衛隊長が即座に指示を出す。
「下がっていた1、2班は前に戻れ! 3班はそのまま! いっきに潰すぞ!」
その直後またあの優しい光が降り注ぎ、それからは圧倒的だった。あれほど苦戦していた相手を瞬時に追い詰め制圧したのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ、ふぅう……。姫様、もう大丈夫です」
蒼白だった侍女もどうやら復帰を果たせたようだ。
「そう、ありがとう。少し出るわ」
「いけません! 危険です!」
即座に反対する侍女を押しやって、私は馬車の外に出た。それを見て護衛隊長が駆け寄ってくる。
「ティレス様! 問題ありませんか!?」
「ええ、対処ありがとうございました」
「いえ! もったいないお言葉です!」
大柄な男が私のような子供相手にとても嬉しそうにする。有難いことだ。
「それで、途中光が降り注ぎましたが、あの光は何だったのかわかりますか?」
そう問いながら、私は視線を森へ移す。光っているのだ。いつから光っていたのかは分からないが、襲撃中にはすでに気付けば光っていた。護衛隊長もそちらに視線を向ける。
あれは……、精霊様? いえ、妖精様?
昔絵本で見た妖精そのままの容姿をしている。人形のような手の平サイズの美しい少女が、光の粒子を散らしながら羽を生やして浮かんでいた。綺麗な緑色の髪に桃色の服を着た小さな小さな少女だった。
普通、女性の容姿を語るとき髪の長さが話題に上がることはない。何故なら王族から庶民まで皆、女性は髪を長く伸ばしているからだ。だというのにあの妖精様の髪は肩下あたりまでしかない。羽の邪魔になるからだろうか。
本人は隠れているつもりなのか目があった瞬間に非常に驚いていたが、これほど光の粒子を振りまいていては隠れられる筈もないだろうに。
「なっ…!」
護衛隊長と侍女が驚愕の表情を浮かべる。まわりの護衛騎士も気づき始め、皆驚いているようだ。それはそうだろう。おとぎ話の絵本や聖書の神話でしか目にしない妖精が目の前に実在しているのだから。
「これは……、どうしましょうね」
思わずつぶやいてしまった。
「うーむ、どうにもできないのではないでしょうか」
問いかけた訳ではなかったが、護衛隊長は律儀に答えてくれる。
「そうですね……、まさか捕まえる訳にもいかないでしょう」
平時なら捕まえる選択肢もあったのかもしれないが、野盗や魔物が出る森の中で妖精様と追いかけっこなどできはしまい。それよりも今は一刻も早く王都へ帰還する必要があるのだ。
「あれはそのままにして出発しましょう」
「ハッ! おいお前ら、出発だ! 隊列を整えろ、休憩は森を出てからだ!」
私は馬車に戻り、ほどなくして隊列が出発した。そしてふと気付くと、馬車の天井から光の粒子が降り注いでいたのだった。
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