全部君のせいだ
七月二十日。我が家に二人目の子供がやってきた。名前は
「あなたに似ないといいわね」
相変わらず嫌味を言う母。しかし、それに関しては同意しかない。顔はともかく、性格は夫に似てほしい。純粋で、可愛い女の子に育ってほしい。きっと母も同じ想いで僕を育てていたのだろう。だけど、母のその願いは僕にとっては呪いだった。曲がった人間に育ってほしくはないとはいえ、その願いを押し付けてしまったら逆効果だ。
「俺は構わないですよ。この子が海に似ても」
夫が海菜の頭を愛おしそうに撫でながら言う。湊も「かまわないですよ」と母の方を見ながら夫の言葉を拙い言葉で復唱する。意味は分かっていないとは思うが、分かっているかのような優しい顔だ。思わず笑ってしまうと、夫は湊の頭をぽんぽんと撫でてから母に向かってこう続けた。
「海みたいな捻くれた子を育てるのは大変でしょうけど、どんな大人になろうとも、俺たちの子であることに変わりはないですから」
「……っておい。庇うふりしてしれっと貶すなよ」
「君が捻くれてるのは事実じゃない」
「君に比べたら全人類捻くれてるよ」
「いや、俺と比べなくても君は捻くれてるから」
そこが可愛いんだけど。と、声にしなくても伝わってきて呆れてしまう。
「はぁ……ほんっと、あなたが居ると調子狂うわね……」
母は夫を見ながらそうあからさまにため息を吐くが、夫は一切動じないし笑顔を崩さない。
母が今回出産祝いとして持ってきたのは前回と同じくおむつだったが、余計な加工はせずに買った状態でそのまま。そしてもう一つもらったフルーツ缶は父からだと言っていたが、なんだかんだでちゃんと前回言われたことを反省して選んできてくれたのだろう。本人は素直じゃないから認めないだろうけど、母は変わりつつある。父も明らかに変わった。それでもあの頃に関する謝罪は一度もないけれど、僕は別にそれで構わない。今更謝られたところで、二人を許すつもりはないから。
「そろそろ帰るわね」
「ん。……ありがとね」
立ち上がり背を向けた二人にそう声をかけると、二人は一瞬だけ立ち止まった。母はふんと鼻を鳴らすだけだったが、父は振り返らないまま「また来る」と一言。そして返事を待たずに出て行った。玄関に出て去っていく後ろ姿を見送りながら「変わったね。二人とも」と夫が呟く。そして僕の方を見て「あと、君も」と笑った。
「君のせいだよ。二人が変わったのも、僕が変わったのも。全部君のせい。……だから、ちゃんと責任とってね」
「言われなくても。最期までお供いたしますよ」
「おとともたすますよ」
夫を真似して言葉を復唱する湊。すると夫は湊と目線を合わせて、愛おしそうに頭を撫でながら言った。「君はお供しなくて良いんだよ。自分の人生を歩みなさい」と。まだ三歳にもなっていない彼にはまだ分からないかもしれないが、自分の人生を歩むことを一度否定された僕としてはそう言ってくれる親の元に生まれた彼が羨ましい。だけど、妬ましいとは思わない。あの頃の自分なら妬んだかもしれないが、今の自分は自分の人生に誇りを持てているから。例えかつての仲間達や過去の自分から、世間体を気にして逃げた卑怯者だと罵られようとも。本当に望んだ未来は手に入らなかった。それに対する悔しさは拭いきれないけれど、今が不幸だとはもう思わない。
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