第15話 一悶着
「その依頼、オレたちも狙ってたんだけどなぁ?」
人里に降りてきたブルムベアの群れの討伐依頼をコルクボードから剥がして受付に持っていこうとしたところで、俺たちは声をかけられた。
「先着順な等級二人に銅等級三人からなるパーティだった。
「よそ
パーティのリーダーなのか銀等級の剣士がいらだちを隠すことも無く言った。
冒険者はその階級と技量に見合った依頼を受けるのが、暗黙の了解というやつで今日ある依頼の中ではこれが俺たちにとっては最適な依頼だった。
「悪いが譲る気はない」
この国に定住して冒険者として活動していくというのなら、軋轢を避けるために譲ろうとも思うがそんのつもりはさらさらない。
一昨日、エマに聞いた話では周囲を山に囲まれたこのヘルベティア共和国は、通じる道が限られておりその全てに騎士団の駐屯する警備施設があるという。
故に俺たちの追っ手の入国が厳しいはずだ。
だからこのヘルベティアにいるのは、ほとぼりが冷めるまでになるだろう。
「話が分からねぇ野郎だなぁ」
剣士の男はあろうことか、大勢の人がいるエントランスで剣を抜いた。
辺りに漂う騒然とした雰囲気、だがその雰囲気はすぐさま、冒険者らしい騒ぎへと変わった。
「俺はあのかわい子チャンのいる二人組に賭けるぜ?」
「相手はあのゼクスだぜ?あんなガキが勝てるかよ」
争いとあれば、すぐさま賭けを始める。
どこの国も冒険者の性質というのは変わらないらしかった。
賑わう冒険者たちをかき分けて、俺と剣士の間に入ったのは受付嬢のレミアだった。
「ちょっと、何の騒ぎなんですか!?」
「見ての通りだ。依頼の紙を取ったタイミングで、それは俺のだから譲れと言われた」
簡潔に要旨をかいつまんで説明するとゼクスは俺の言葉に被せるように
「コイツらじゃ、実力不足なんだよ。実力に見合わない依頼を受ける方が問題だろ?」
と、レミアに詰め寄った。
するとレミアは面倒くさそうにため息をはくと耳打ちをした。
「アイツさ、ウチに出資してくれてる有力者のボンボンなんだよね……、だから悪し様にもできないワケ」
ヘルベティア共和国は最初から共和国だったわけではなく、随分と前に共和制へと体制を移行したのだ。
そういった政変の際に、貴族が華族となりその後も特権階級として影響力を保持し続けるというのはよくある話だ。
おそらくゼクスの家もそういう類なのだろう。
「あとから埋め合わせするからさ、ね?」
レミアはそう言いながら腕を絡めてきた。
ひょっとして当人は色仕掛けのつもりなのだろうか……。
「分かった、構わない」
「やった!!というわけで、この依頼は『開闢の剣』にお願いします」
ゼクスはレミアの言葉を聞くと、俺ににじり寄って俺の手から依頼書を奪った。
「最初からこうしてりゃいいんだよ」
わざわざすれ違いざまに肩を当てて悪態をついて……まぁ、そういう言動をとる類いの人間だというのはこれまでのやり取りで明白だが。
「で、早速埋め合わせの話なんですけど、『開闢の剣』のゼクスさんの護衛をお願いします」
「ギルドの金を使って守るほどの奴か?」
俺からすれば金をくれるならそれくらいはしてもいいが、慈善事業で救おうとは思わない。
「まさかそんなワケないじゃん。お金はゼクスの家にたんまり請求するだけの話。依頼書にあった依頼以上の報酬を約束するよ」
レミアはそう言うと得意そうな顔をうかべた。
◆❖◇◇❖◆
「――――今更だが、ことが上手く運んだあかつきには本当に我が家を貴族にしてくれるんだろうな?」
ベアルンの街の中心部、行政の中枢からは少し距離を置いた場所にある広い屋敷の一室で、謀計が実を結ぼうとしてた。
「えぇ、もちろん。それはこの私が保証しますよ。いやしかし、貴方という存在がいなければ我々はこの偉大なる一歩を踏み出すことは出来なかったでしょう」
道化師の言葉に、彼の対面に座る街の有力者は鼻を鳴らした。
「随分と調子の良い奴だ」
「私は魔王陛下の代参でこの場に来ているのです。つまりは私の言葉は魔王陛下の言葉、そう受けとってもらって構いませんよ?改めて感謝します、ミッテルラント伯爵」
そう言われてしまえば有力者の男も満更ではないのか、心做しか鼻息が荒くなった。
「ではまたいずれ」
丁寧に一礼すると、道化師は帽子を被り魔女とともに屋敷を後にした。
「期待させるだけ期待させて後からどん底へと突き落とす。流石はマングライム、悪い人だわ」
「イフベールも大概だと思うけどね?でも簡単に騙されるアイツもアイツだよ」
そう言うとマングライムは口元を歪めた。
「でも魔王陛下の名を出してまで、相手を偽るのはやり過ぎじゃないかしら?」
「その分、説得力のない嘘に確かな信ぴょう性が添加される。成果をあげれば陛下だって快く許してくれるよ」
魔王軍の軍師であるマングライムは、二つの計画を同時並行で進めていた。
ひとつはヘルベティアにおける謀計により勇者を誘い出し殺すこと。
人族の希望、それが勇者が勇者たる所以。
その勇者を刈り取ってしまえば人族に希望はもうない。
人々を絶望の淵へと追い落とし戦意を喪失させ、それからゆっくりと調理していく。
そしてもうひとつは―――――。
「二兎追うものは一兎も得ず、そんな言葉が人族にはあるそうだね。でも我々魔族は違う。二兎追えば二兎を得る」
「そうね、出来れば彼らもここで始末してしまいたいわね」
イフベールが苦々しい顔でそう付け足すと、マングライムは芝居ががった仕草で両手を広げて言った。
「彼らは絶対に来るさ、或いはもういたりするかもしれないね」
マングライムの謀計が今、人族をどん底に突き落とそうとしていた。
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