第13話 新しい街

 「――――疑ってしまって済まなかった」


 ヘルベティア共和国の首都ベアルンにある騎士団本部の留置所で一晩を明かした俺たちは、翌朝には釈放されることになった。


 「最初からどう見ても無罪だったと思うんだがな……」


 もう少し留置所にいる予定だった俺としては予定が狂ったので憎まれ口のひとつも叩きたくなるというもの。

 何しろここから先の安全の確保は自分たちでどうにかしなければいけない。


 「今度会った時にでも何か奢るからそれで手打ちにしてくれ」

 

 アイメルトが申し訳なさそうな顔をするので、それ以上は何も言わないことにした。


 「何か問題起こしたら、留置所に戻れる?」

 

 ヘレナが冗談とも本気ともつかないことを言うと、


 「やめて欲しいなぁ……私たちの手間が増えちゃうからね」


 と、遅れて見送りに来たエマがため息混じりに言った。


 「それもそうだな……なら、次に会うのを楽しみにしておくよ」


 朝食は留置所で食べたので、朝飯代が浮いた。

 朝食代が浮いただけでもよしにしとくか……。

 大蛞蝓の討伐報酬はあるが、この先どうなるか分からない以上、無駄にお金を使うわけにはいかない。

 二人に見送られて、しばらく歩いていると

 

 「どこに行くの?」


 と、服の袖をチョンとつまんだヘレナが上目遣いに俺を見つめた。


 「そうだなぁ……とりあえずギルドにでも行ってみるか」


 この世界、どこの国でも基本的に冒険者という職があることは変わらない。

 困ったらとりあえずギルドに行けと旅行本に乗るくらいには冒険者という職業が、この世界には浸透している。


 「みんな元気してるかな……」

 「寂しくなったのか?」

 「初めて出来た友達だったから……」


 思えばトリーアでの生活がいちばん長かった。

 それだけの間、ヴォルガルの言いなりになっていたという事実に思うところはあるが、ヘレナにとっては少なからずいい思い出もあったのだろう。

 

 「クララとディアナだっか?」

 「うん!!この前、突然変異した大蛞蝓と戦ったときも私のこと心配してくれてたの」

 「そうか……なら、ことが片付いたらまた戻ろうか」


 少なくともあの場に居合わせた冒険者たちは俺たち兄妹を受け入れてくれた。

 この世界において半人半魔である俺たちを理解してくれる人は多分、希少な部類だ。

 そう考えればやはり―――――戻りたいと思ってしまうのは仕方ないことだろう?


 「うん!!ヘレナ、頑張るから」


 グッと拳を握ったヘレナは、力強く言ってみせた。


 ◆❖◇◇❖◆


 「すごい賑わいだなぁ……」


 ベアルンの人口は四万人を超え、街並みは赤茶色の瓦屋根で統一されていた。

 大きく弧を描くアーレ川を天然の堀にし、街は城壁に囲まれた城壁都市。

 その昔、ルテティア帝国と緊張状態にあったときに城塞都市になったのだという。

 

 「あぁ……トリーアとも人が多かったが、ここもここで活気があるな」


 ミスラス教の巡礼者たちが長期滞在するために、トリーアの街には人口以上に人がいるのだ。

 活気ある市場を抜け、噴水のある大広場を横切ってたどり着いたのはベアルンの冒険者ギルドだった。


 「すごい建物……」


 トリーアの冒険者ギルドは酒場併設といったような感じだったが、ベアルンのそれは役所というか図書館というか神殿というか……いい例えが見つからないがとにかくそんな感じだ。


 「あれが建国の母ヘルベティア?」


 建物の外壁には長い外衣を着用し、槍と十字架の描かれた盾を持つ凛々しい女性の姿が彫刻されていた。


 「らしいな……」


 思わず目を奪われるほどに精緻に描かれたそれは、まるで建国の母を実際に目にしたかのようだった。


 「冒険者証の発行はこちらでーす!!」


 広いエントランスには、いくつかの窓口みたいなのがあってそこで冒険者への対応をしているらしかった。

 声のした方に向かって列に並ぶこと十分、ようやく俺たちの番になった。


 「お待たせしましたー。新規の発行ですか?それとも引き継ぎでの発行ですか?」

 

 引き継ぎがどういうものなのかが分からないし、とりあえず事情を説明するか……。


 「一応俺たち、ミスラス教国から来たんだ……」


 そう言ってミスラスで発行してもらった冒険者証を見せた。

 突然変異の大蛞蝓討伐により俺とヘレナのランクは、二階級上がって銀になった。

 目立ちたくはなかったから辞退したのだが、活動拠点を変えるなら尚更ランクは上げとけと言われて仕方なしにその話を受けたのだ。

 ちなみに俺たちの昇級を推薦したのは、あの場に居合わせた金等級パーティである月華一閃の面々だったりする。

 冒険者にとっては冒険者証が身分証明の出来るものになるし、階級が高ければ移った先でも無下にはされないと言う。


 「一応拝見しますね?」


 解析魔法を展開する魔道具に俺とヘレナの冒険者証を載せる、俺達と受付嬢との間に文字が浮かび上がった。


 「えっと……、犯罪履歴は無しっと、それから備考欄には……金等級冒険者でも対処出来なかった大蛞蝓スラッグの突然変異種を討伐……コイツらマジで使えるから宜しく頼む……って……えぇぇぇぇぇッ!?」


 受付嬢はオーバーだろと思うほどの驚きの声を上げた。


 「……ワケあってあんまり目立ちたくないんだ。そういうリアクションは控えてくれると嬉しい」

 

 幸いなことに、人でごったがえしてたためあまり目立つようなことには、ならなかったが……。


 「こ、これは何という優良物件!!しかも歳は私とあんまり変わりそうになしい……」


 受付嬢の反応は明らかにそれまでと違った。


 「アタシ、名前はレミアって言うの。で、今住んでいる家はね、この辺りなんだ。人肌寂しかったらいつでも来てね?」


 それどころか冒険者登録のための書類に、レミアはギルドから自分の家への地図を書き出す始末。


 「お兄ちゃん……?」


 横にいるヘレナからは、どことなくドスの効いた声。

 あれれ……お兄ちゃん、そんな声今まで聞いたことないんだけどな?

 振り向くのは怖いのでとりあえずスルーしておくことにしよう。


 「というわけで後はアタシの方でやっとくから、これ返すよ!!」


 レミアという受付嬢は、わざわざ俺の手を握りながら冒険者証を返してきた。

 それどころか、腕で胸を強調するようなことしている。

 

 「あんのガキぃぃッ!!」

 「俺のレミアちゃんが、畜生!!」


 そして何故か殺気を感じたので、とりあえずヘレナの腕を引っ張ってその場から逃げ出すことにしたのだった―――――。

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