第2話 道化師と魔女と

 「全く厄介だね」


 道化師もかくやという仮面を身につけた容姿も年齢も定かでない魔族が、討伐されたサイクロプスの屍を検分していた。

 

 「魔力痕もなし……個人の特定も無理とは……いやはや流石は『影の英雄』サマと言ったところかな」


 男性らしい装束ということから暫定的に性別を男と判断させているが、奇抜な衣装以外にどういう魔族なのかはハッキリとは分からなかった。


 「私たちの方ではもっぱ招災者ダークドルイドと呼んでいるけれも?」

 「それもそうか、我らの側からすれば災いの種だったね」


 屍となったサイクロプスの肉塊を矯めつ眇めつ見つめる魔族の隣、山羊の角に深紅のドレスを纏った女性は溜息をつくばかりだった。

 

 「見てご覧よイフベール!!」

 

 男は嬉しそうに肉塊を突き出すと、


 「これなんて【炎芒矢ヴァンアロー】で殺られたんじゃない!?」

 「それがどうかしたの?」


 呆れた視線でそれを見つめたイフベールに、男は「わかってないな〜」と人差し指を立てた。


 「【炎芒矢ヴァンアロー】で内側から炙って、勇者が来るタイミングまでに弱らせていたってことなんだよ」


 昨今、魔族と人族の戦争の形態が変わりつつあった。

 突如として現れた招災者ダークドルイドと魔族との戦いになりつつあったのだ。


 「本当の彼、若しくは彼女はどんな魔法を使うんだろうね?相見える時が楽しみで夜しか眠れないよ!!」


 男は、鼻歌でも歌い出しそうなほどに上機嫌だった。


 「マングライムにそんなに執着されるなんて招災者ダークドルイドには同情するわ」

 「だって気になるじゃないか、傀儡師として並び立つ者がいない我の生み出した傀儡を尽く上回っていく人間の正体が」


 マングライムと呼ばれた魔族の執着は、興味であり嫉妬でもあった。


 「はいはい、そうね。そんなことより人の気配が近づいて来たわよ?」

 「なら、これは置いとかないとね」


 マングライムは、サイクロプスの肉塊を元あった場所へと戻した。

 そしてサイクロプスの血で汚れた手袋をまるめると、その場で燃やして処分した。


 「逃げる必要なんてあるのかしら?仮にも傀儡師としては一流なんでしょ?」

 

 帰り支度をするマングライムを見つめてイフベール は首を傾げた。


 「それもそうだね、確かに帰る必要はないか。でも普通に殺したんじゃ面白くないから……う〜ん」


 考えを巡らしたマングライムは、しばらくすると組んでいた腕を解いた。


 「いいことを思いついた!!」


 仮面の下は分からないが、それでもその口振りは悪戯を思いついた悪童のようだった。


 「何をやっているんだお前たち!!」


 二人の元に現れた気配の正体は、サイクロプスの屍を回収に来た教国の兵士たちだった。

 槍を持った兵士たちに囲まれた二人は、少しも慌てる様子がなく、兵士を率いる隊長は違和感を覚えたがそれはもう遅かった。


 「初対面の人相手にそんなに接し方は無いんじゃないかな?まずは、槍を下ろそうよ」


 マングライムの言葉を聞いた兵士たちは、まるで操り人形のように意思のない動作で槍を地べたへと捨てた。


 「我は優しいから君たちを生かして帰してあげようと思うんだ。でもその変わりに帰ったら出会った人達にこう伝えて欲しい。魔王軍はトリーアの攻略を諦め、その周辺国に手をつけるってね」


 傀儡師の言葉に耳を貸した者は、強制的に歪曲させられた運命から逃れることは出来ない。

 それがマングライムならば尚更だった。

 なぜなら彼の二つ名は無慈悲なる道化師――――。

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