第15話 兄の汗の匂いに興奮しちゃう系妹
「あっつ……」
とある放課後。夏日のような気温だったせいもあり、俺はいつも以上に汗をかいていた。汗で気持ち悪くなった俺は、帰宅してすぐに洗濯機にワイシャツを投げ入れた。
「あ、お兄ちゃん。おかえり」
「おう、ただいま」
洗濯機の前で俺がワイシャツを放り込んだところで、ちょうど妹の夏美と遭遇した。俺と同じく学校帰りなのか、夏美も制服姿だった。
「すんっ、あっ、やばっ」
「え?」
夏美は何気なしに匂いを嗅ぐように鼻を動かすと、Tシャツ姿の俺をそのままに脱衣所の扉を閉めた。
「え?」
まるで、臭い物に蓋をするかのようなスピード。勢い良く閉められた扉の音が静かな脱衣所に響いて、俺は一人残された孤独さを感じたのだった。
「そ、そんなに汗臭かったか?」
俺の匂いを好んで嗅ぐような妹が咄嗟に扉を閉めるほどの匂い。自分でも脱いだワイシャツを嗅いでみるが、そこまでひどい匂いがするような気はしない。
自分の匂いは分からないというが、そこまでひどいのか?
俺の妹である夏美は俺と同じ空間にいるだけでお股を濡らしちゃう女の子なのである。そんな夏美でさえも、どうやら今日の俺の匂いは無理みたいだった。
え? 何を言っているのかって? いやいや、さっきいた可愛らしい妹は俺の匂いでお股を濡らしちゃうんですよ。本当なんですよ。
「なんだか少し傷ついた気がするな」
いつもは匂いを嗅ぐなと言っておきながら、匂いを拒絶されたら傷つくって、俺はかまってちゃんなのだろうか。
そんな自分の新しい一面に気づきながら、俺は閉められてしまった脱衣所の扉を開けた。
「……近づかないで」
「な、夏美?」
少し前まで日常的に俺に浴びせられていた言葉。そんな日々が当たり前だったのに、最近距離が近くなった気がしていたから、勘違いをしていたのかもしれない。
少なくとも、夏美との心の距離は縮まったものだとばかり思っていた。
そう思って、夏美の顔を見てみると、夏美は火照ったように顔を赤くしていた。心拍数が上がっているのが見て取れるほど体を熱くして、その熱でやられたように瞳を揺らしていた。
「ちょ、直接は無理だから」
「直接? 一体何の話をしているんだ?」
夏美の言っている言葉の意味が分からない。そんな俺をそのままに、夏美は脱衣所に入ると俺のワイシャツを手に取った。
「すぅーーーー。はぁ、やばっ。お兄ちゃんの匂いがすごい」
夏美は俺のワイシャツに顔を埋めると、大きく深呼吸をして俺の匂いを肺の中まで一杯に吸い込んだ。
そして、顔をとろんとさせて熱のある瞳を揺らしていた。
「な、夏美?」
「あ、お兄ちゃん。ちょっと、私やることあるから、この辺でっ」
夏美はそう言い残すと、俺を脱衣所に残して階段を軽やかに上がっていった。俺の脱いだばかりのワイシャツに顔を埋めながら。
「いや、ちょっとまて!」
「え、え、なに? なに?!」
「なんで何が起きてるか分からないみたいな顔してんだ! 説教だ、説教!」
俺は小走りで階段を上っていく夏美を追いかけて、夏美の部屋に乱入したのだった。
夏美の部屋にて、夏美は俺が部屋に入ってきたことの意味が分からないのか、慌てているようだった。
「え、どういうこと?! お、お兄ちゃんが急に発情して、私の部屋に押し入ってきたってこと? あ、さっきの匂いでお股がぐちゅぐちゅなのに、これ以上私のお股をぐちゅぐちゅにして一体どうする気――」
「どうもしないわ! それを返せ!」
「え、お、お兄ちゃん?!」
俺は夏美が大事そうに抱きかかえている俺のワイシャツを、ひったくるように奪い取った。
「な、なんでそんないじわるするの?!」
「いじわるじゃないだろ! なんで泣きそうな顔してんだよ!」
俺は本気でぐずって泣きそうな夏美を前に、思わず怯んでしまった。
なんで兄が脱いだシャツを奪われて、泣きそうな顔してんだよ。
「わ、わかった! 私も脱ぐから! だから、それ返して!」
「何でそうなるんだよ! ていうか、脱ぐな! おまっ、それ脱いだら下着だろうが! や、やめろ!」
俺は本気で制服のシャツを脱ごうとしていた夏美を止めようとしたが、夏美は俺の制止など振り切ってボタンを外していった。
俺は夏美の下着姿を見ないようにするために、夏美の部屋を後にして自分のワイシャツを洗濯機に放り込んで洗濯機のスタートボタンを押した。
「あー!! 何してんの、お兄ちゃん! まだ匂い嗅ぎながらしてないんだけど!!!」
「させないために洗濯機回したんだよ! これで諦めろ!」
俺は自制心を保つために、洗濯機を回して夏美の行動を阻止することに成功した。
今日は結構汗かいたし、あんなふうに匂いを嗅がれるのは恥ずかしいというのもあった。
しかし、当然そんな俺の行動を夏美がよしとするわけがなかった。
「いや、マジで泣きそうな顔はするなって」
「……ぐずっ、後悔させてあげるんだから」
目にいっぱい涙を溜め込んだ夏美は、顔を赤くしながら俺にそんな言葉を残して自分の部屋に籠ってしまったのだった。
次の日。俺は洗いたてのワイシャツに袖を通した。
「すんっ。……な、なんだこの甘い香りは」
俺が今着ているのは、確かに洗いたてのワイシャツのはずだ。しかし、そのワイシャツは我が家の柔軟剤とは異なる別の香りも混ざっていた。
甘いボディソープのような香りと、それを引き立てるような少しの汗の匂い。そして、その匂いはどこかで嗅いだことのある匂いであることに気がついた。
夏美に無理やり体操着を渡されたとき、あの時に嗅いだ匂いだ。
「まさか、夏美の奴、」
「気づいた?」
「な、夏美」
いつの間にか俺の部屋の入り口に立っていた夏美は、こちらにニヤッとした笑みを向けていた。どこか火照ったように顔を赤く染めて、熱のある瞳をこちらに向けている。
夏美はからかうように緩めた口元をそのままに、言葉を続けた。
「私にいじわるした仕返し。私の匂いをいっぱい染みつけておいたから」
「なっ!」
「妹の匂いに包まれながら、今日一日を過ごしてね」
「お、おまっ」
袖を通してしまった内側と外側から香る甘い香り。俺を包みこむ香りが夏美のものであることを知らされ、俺の心臓が大きく跳ねたような気がした。
湧き出そうな感情を抑え込み、呼吸をいつもよりも浅くする。そうすることで、湧き出そうな感情をすんでのところで止めることができた。
そして、夏美はそんな俺の様子を面白がるように、興奮するような視線を向けていた。
「学校で興奮しちゃだめだよ、お兄ちゃん?」
「す、すす、するわけないだろ!」
夏美はそう言い残すと、小さく手を振って俺の部屋を後にした。
部屋からいなくなったはずなのに、夏美の匂いがすぐそこにあった。一体、どうやって染みつけたものなのか、それが分からないほど濃い夏美の匂いが染みついていた。
息をする度に夏美の香りが鼻腔をくすぐる。そんな夏美をずっと抱きしめているかのような感覚に陥りそうになっても、俺はなんとも思わないのだった。
だって、俺はお兄ちゃんだからな。妹がどんなことをして染みつけたのか分からないほど、深く匂いの染み込んだワイシャツを一日着てもなんとも思わないのだ。
……なんとも、思わないのだ。
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