第24話 クライッセ伯爵の依頼書



 冒険者ギルド内にある酒場のテーブル席コーナーに座った私たち三人は、駆け寄ってきた店員へ各々に注文を済ませる。


 禁酒中のアリッサさんは果実が入った炭酸水、私は紅茶を頼んだ。


 けれど、何故かエンプティさんは何も頼まなかった。


 アリッサさんの奢りなのだから、何か頼んでも良いと思うのだが‥‥何故、何も頼まなかったのだろうか。


 相変わらず何も喋らず、ただ腕を組んで椅子に座る彼の様子に、私は思わず小首を傾げてしまう。


「お待たせしました。こちら、ご注文のお品でございます」


「お、きたきた!」


 目の前に飲み物が置かれると、アリッサさんはさっそくジョッキを手に取り、そのまま炭酸水を美味しそうに喉に流していく。


 半分ほど飲み終えると、テーブルの上にジョッキを置き、くぅ~とか細い声を出した。


 そして私に視線を向けると、彼女はにこりと微笑みを浮かべてくる。


「なぁ、これからあんたのことはメリアって呼んでも良いかな? あたしのことは好きに呼んでもらって良いからさ!」


「あ、はい。では、私はアリッサさんと呼ばせてもらいますね」


「おう! これからよろしくな!」


 そんな、たわいもない会話から雑談を始める。


 続いて、何処の出身だとか、好きな食べ物の話だとか、そんな雑談を交わしていった。


 アリッサさんはとても話がしやすく、フレンドリーな人だった。


 私が元聖騎士団の団員だって話したら、彼女はとても驚いていた様子だった。


 実戦経験者だったら、こちらも安心して背中を任せられる、そんな、優しい言葉まで掛けてくれた。


 軽い雑談の中で、私は、彼女と交友を深めていく。


 私たちは飲み物を片手に、お互いがどういう人物なのかを確かめ合っていった――。


 そんな、会話の途中。


 ふいにアリッサさんが突如黙り込み、何か納得したかのようにウンウンと頷き始める。


 そして、彼女は今までの明るい雰囲気を消し、真面目な表情で私とエンプティさんの顔を交互に見つめると、静かに口を開いた。


「メリア、エンプティ。パーティを組んでさっそくで悪いんだが‥‥実は、お前たちと一緒にやりたい仕事があるんだ」


 そう言ってアリッサさんはくるんと巻かれた洋紙をテーブルの上に出す。


 恐らくは、私たちとパーティを組む前に事前に受けていた依頼なのだろう。


 私はその紙を受け取り、内容を確認する。


「ええと、依頼内容は‥‥クライッセ家屋敷周辺、及び領内の低級アンデッド討伐依頼‥‥って、クライッセ家ッ!?」


 私は、そこに書かれている名前に、思わず大きな声を出してしまった。


 何故ならクライッセ家と言うのは、王国六代貴族のひとつであり‥‥代々古くから宰相を担っている、王国至上最も名高い大貴族の名だからだ。


 依頼書を持つ手を震わせながら、私は瞳孔の開いた目をアリッサさんへと向ける。


「討伐難易度はD。簡易な依頼だけど、あの大貴族様だからね。報酬はたんまりさ。どうだ、良い物件だろ?」


 にんまりと笑みを浮かべるアリッサさん。


 私は再び依頼書に目を向け、その報酬額の高さに再び驚愕した。


「き、金貨60枚‥‥!?!?」


 三人で山分けしても金貨20枚。


 この依頼を無事達成すれば、多額な大金が手に入ることは間違いなしだ。


 決して、駆け出しの冒険者が手にして良い金額ではない。


「で、でも、どうしてなんでしょう‥‥?」


 私の胸中にひとつ、疑問が浮かぶ。


 それは何故、低級アンデッド討伐依頼に対しこれだけの額を払うのかということだ。


 大金を持つ大貴族といえども、いくらなんでもこの報酬額の値は高すぎる。


 低級アンデッドに属するスケルトンやゾンビ程度なら、ブロンズ《F》〜アイアン《D》ランク冒険者なら容易く対処できるレベルだ。


 大金を払わなくてもちょっとした小金であれば実力に見合った冒険者は雇えるはず。


 この依頼には間違いなく、何か裏がある。


 そういった疑心の色を顔に浮かべている私を見て、アリッサさんは薄く笑みを浮かべていた。


「なぁ、メリア。あんた‥‥先月のアグネリア領街道付近で起こった、馬車襲撃事件を知っているかい?」


「はい。アグネリア領近辺に住んでいた小領貴族のご当主様が、馬車で移動中に何者かに襲われ、無残な姿で亡くなっていたという‥‥暗殺事件ですよね?」


 先月、小領貴族が乗った馬車が突如何者かに襲われ首を切断されるという、凄惨な事件が起こった。


 これは、王国の長い歴史を辿っても類を見ない大事件だったため、現在王家は聖騎士団を各地の地域へと派遣させ、厳戒態勢を敷いていた。


 しかし、この事件とこの依頼に、いったい何の関係があるのだろうか。


 不思議に思った私は、小首を傾げる。


 すると、そんな私を見て、アリッサさんは得意げな表情を浮かべ口を開いた。


「この依頼に対して、あたしはひとつ推測を立てた。アグネリア伯爵殿は、次にその暗殺犯に自分が狙われると考えて、冒険者に依頼を出したんじゃないか‥‥ってね」


「えっ‥‥?」


 つまりはこれは、護衛の依頼、ということなのだろうか。


 本来、要人の護衛というのは冒険者の仕事ではない。


 冒険者は魔物を専門に討伐することが決まりであり、人間を討伐することは決して行なってはならないのだ。


 そういった仕事は傭兵のものである。


 過去に、指名手配犯を捕らえて小遣い稼ぎを行なっていた冒険者が、傭兵たちから仕事を奪ったと強い非難を受けて除名処分となったという話を聞いたことがある。


 お互いの仕事は奪わないという、冒険者、傭兵の間では古来から暗黙のルールが出来上がっており、これを守らない者は淘汰される。


 聖騎士団だけは王家直属なため、魔物と人を討伐することが許可されてはいるが‥‥冒険者と傭兵は民間が運営している故に、いざこざを起こさないためにも明確なルールが敷かれている。


 それらのことを踏まえると、この依頼は‥‥。


「‥‥だとしたらこれ、不味くないですか?」


 私は不安からアリッサさんに視線を向けた。


 流石に初っ端から冒険者を辞めるような危険を侵したくはない。


 もし、アリッサさんがこういった裏依頼を受ける専門の冒険者であるならば、パーティを解散することも視野に入れなければならないだろう。


 私の瞳からそう言った感情を読み取ったのか、アリッサさんは真剣な表情で口を開いた。


「あぁ。その依頼がそういった意味でのものなら危ういだろうな。だが、書かれていることは低級モンスターの討伐だ。それ以外のことを頼まれても無視すれば良い」


「で、でも、相手は大貴族様なのですよ!? 機嫌を損ねたら、いったいどうなるのか‥‥!!」


 六代貴族ともなればひとりの人間を消すことなど容易だろう。


 そんな悪徳貴族が実際にいるとは思えないが‥‥楽観視していては危険が及ぶこともある。


「お前が心配するのも最もだ。だけど、うちのギルド長はクライッセ伯爵家と親交の深い、六代貴族レイセルフ家の分家の者だ。だから、過去に貴族たちとギルドの間にトラブルは一切起こっていないし、何ならギルドの方が権力を握っているとも言える。故に、クライッセ伯爵に粗相をしても、咎められはしないと断言できるのさ」


「そう、なのですか‥‥?」


 確かに、六代貴族が大元で指揮しているギルドに対して、いざこざを起こそうという貴族は皆無だろう。


 だが、率直に言って迷ってしまう。


 美味しい依頼なのは理解しているが、初仕事が貴族絡みとなるとどうしても腰が引けてしまうものだ。


「まぁ、これは単なる保険のための依頼だと思うぜ。自身の護衛のために雇った兵士の他に、何なら冒険者も側に置いておけば安心できるだろうっていう安易な考えからのな」


「確かに。それ以外の思惑は見えませんね」


「だから、まぁ‥‥安心しなよ。何かあったとしても、あたしが絶対にフォローしてみせるさ」


 アリッサさんが私の不安を理解したためか、優しく肩に手を置いてきた。


 その大きな手のひらに不安の感情は搔き消えて行く。


 私は答えを決めた。


「わかりました。一緒にやりましょう」


「そうか! 良かった!!! パーティ解散になるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたよ!!」


 アリッサさんは、ふぅ〜っと一息付き、額の汗を腕で拭う。


 そして、エンプティの方へ視線を向けると、口を開いた。


「あんたはどうする? あたしたちと共にこの依頼、受けるか?」


 その言葉に、エンプティはこくりと小さく頷いた。


 これで、私たち三人はパーティーとして初の仕事を受けることが決まったのだった。


 安堵の様子を見せるアリッサを見つめながら、私は紅茶を口に含む。


 そして、その後、あることに気付いた私は、アリッサさんにひとつの疑問を投げてみた。


「そういえば、クライッセ領ってここから結構距離ありますよね? 移動手段はどうなされるのですか? すいません、私、そんなにお金は持ってはいないので、旅費が掛かる場合は‥‥その」


「その点に関しては問題ないさ。クライッセ伯爵家が自ら馬車を貸してくれるそうだよ。だから旅費は無料だ」


「そうですか! 良かったです!」


 ほっと胸を撫でおろす私に目を細めた後、アリッサさんは依頼の羊皮紙を手に取ると、それを眺め始める。


「けれど、この内容を見るに、どうやら先方は早く来て欲しいみたいだからね。今日馬車で出発したとしても着くのは‥‥恐らく、明日の昼くらいか。まぁ期日は三日以内だ。何かしらのトラブルがあっても大丈夫だろう」


 アリッサさんが手に持つ依頼書を確認すると、どうやら依頼主であるクライッセ伯爵は、事前にギルドへ馬車を駐在させてくれているようだった。


 依頼する討伐作戦の実行は三日後―――距離を考えて、確かに今日、出発した方が良さそうですね。

 

「さて、そんじゃ受付に依頼の受理してもらってくる。メリア、エンプティ、準備は大丈夫か?」


「この後、泊まっている宿に衣類の類を取りに行かせて貰えれば‥‥あとは簡単な保存食などは常に鞄に入っていますので、すぐにでも行くことができます!」


「そうか。エンプティの方は?」


「‥‥」


「ったく、いい加減喋れよ! 頷くことしかしない奴だな‥‥。まぁ、良い。じゃあ、すぐ行くとしようぜ! チャチャっと低級アンデッドとやらを退治して、たんまりと報酬を貰って帰って来るとしよう!」


「了解です!」


 こうして私は、冒険者として初の仕事を受けることになった。


 ワクワクが半分、不安が半分。


 これから冒険者として活動できることに、私は胸を高鳴らせていた。

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