第23話 冒険者たちの会合


「ええと‥‥私のような新米でもこなせる依頼書って、あるのかな‥‥」


 冒険者ギルドの壁際に聳え立つ、高さ5メートルはあるだろう巨大な掲示板には、多くの依頼書が隙間なくびっしりと貼られていた。


 その内容の全ては、魔物に関する討伐依頼。


"毎夜農場に現れては、作物を荒らす大鼠の群れを退治してください"


 とか、


"庭に住み着いたマンドラゴラの騒音のせいで眠れない!何とかしてくれ!"


 といった内容が多く、目に入る範囲では直接命に関わりそうなものは見当たらない。


 これらの依頼の討伐難易度は最低であるブロンズランク。


 私は元騎士と言っても、治癒術師ヒーラーがメインの修道士であり、剣の腕はあまり自信が無い。


 だから、一先ず、低級攻撃魔法しか扱えない自分でも普通に対処できるレベルの依頼書が多く散見されていることに、安堵感を覚える。


 とりあえず、何とか駆け出しの冒険者としては活動して行けそうだ。


 最低限の依頼もこなせないのであれば、故郷の修道院に戻ることも視野に入れていたので、その分喜びは大きい。


「えっと、他の依頼は‥‥」


 もしかして、もう少し上のランクくらいのものならこなせるのでは?


 そう調子付いた私は、ブロンズから上のランクの依頼内容を確認しようと掲示板へ視線を巡らせていく。


 すると、そこで、ある違和感に気が付いた。


「あれ? 今ここに貼ってあるのって、もしかしてブロンズランクの依頼書しかない‥‥?」


 掲示板には、見渡す限り、ブロンズランクの依頼書しか見受けられない。


 その光景を不思議に思った私は、思わず首を傾げてしまう。


 ――そんな時。突如、背後から声が掛けられた。


「ブロンズより上の仕事は、朝のうちにみんな取っていっちまうのさ。早い者勝ちだからね」


「え?」


 予期しない答えに驚いた私は、急いで声がした背後へと視線を向ける。


 すると、そこに立っていたのは――――壮健な顔立ちをしている赤い髪の女性だった。


 そして、そんな彼女の後ろに居るのは、漆黒の鎧を身に纏った、中肉中背の男だ。


 私は突如話しかけて来たその二人に首を傾げながら、口を開く。


「早い者勝ち‥‥ですか?」


「あぁ。うちのギルドにブロンズランクの冒険者はあまりいないからね。必然的に、賃金の低い低級の依頼はあまる、ってことなのさ」


 赤い髪の女性は私の元まで歩いて来ると、ニコリと微笑み、私に対して笑みを向けてくる。


 年齢は二十代半ばくらいだろうか。


 胸部まで伸びた綺麗な赤い髪をヘアゴムでひとつにまとめ、右肩から流している。


 腰のベルトから垂れ下がっている長剣の鞘からして、戦士職の人間だということが伺えた。


 けれど、注目すべき所はそこではない。


 彼女が装備している最硬級とされるアダマンチウム製のプレートメイルが、一際存在感を放っていたからだ。


 銀で施された見事な装飾のそれは、決して並の冒険者が手に入れられる代物ではない。


 高価な装備から察するに、この女性が上位の冒険者であることが分かった。


「あたしはアリッサ・ベルガ。あんた、さっき入ったばかりの新人だろ? 名前は?」


「アルルメリア・グレクシアです。よろしくお願いします」


 私は、きっちり九十度に頭を下げる。


 先程受付嬢に聞いた話だが、どうやら今日冒険者になった人間は私だけのようだった。


 そう、考えるまでもなく、彼女は先輩である。


 ここは下手に行った方が無難だろう。


 長い物に巻かれろとまでは言わないが、新たな環境で安易に敵を作ってしまうのは良い行為とは言えないでしょうからね。


 できる限り相手の印象を良くしておいた方が利口です。


 と、そんなことを考え身構えていた私だが――――その思いは呆気なく杞憂で終わることになる。


「いいっていいって、そんな固くなるなよ!」


 ガハハハと豪快に笑い声を上げながら、私の肩をバンバンと強く叩くアリッサさん。


 そして彼女は顎に手を当てると、私の身体をジロジロと見つめ、ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。


「なぁ、お前、その服装からして‥‥修道士だよな? 治癒魔法、使えるか?」


「は、はい。簡単なものであれば使えます」


 私は両親を失ってから、修道院に併設されている孤児院で育ってきた。


 そこで修道士としてある程度の魔法を学んできたので、治癒魔法なら幾つかは扱える。


 といっても低級~中級魔法しか使えないので、決して自信があるとは言えない腕前だが。


「習得しているのは、信仰系低級治癒魔法の【ライトヒーリング】、状態治癒魔法の【レジストキュア】、あとは物理ダメージを軽減する【ライトバリア】といったものですね」


 私のその答えに落胆の表情を見せると思っていたのだが、意外にもアリッサさんは口元をニヤリと吊り上げていた。


「よし、決めた。お前、あたしらと組む気はないか?」


「へっ!?」


 その言葉に驚きのあまり、体が硬直する。


 まさか冒険者になった初っ端から、パーティに誘われるとは思っていなかったからだ。


 冒険者は基本的に、高い難易度の依頼を達成するためにパーティを組む。


 高難易度依頼の報酬は他の依頼に比べ圧倒的に報酬が多く、それを目当てに挑む者も多い。


 だが、当然、そういった依頼の魔物は強力な力を秘めているので、下手をすれば自身の命を失うことにも繋がってしまう。


 だからこそ、冒険者は確かな力を持った人間を仲間に引き入れることが重要になってくるのだ。


 そのため、どう見ても新人である私を、パーティに誘うその意図が全く読めない。


 何か邪な狙いがあるのではないかと、勘ぐってしまうくらいだ。


「あぁ、別にそんなに緊張することはないよ。あたしたちはあんたと同じ、ただの独り身ソロ冒険者なだけだから」


「え? でも、その後ろにおられる方は‥‥?」


「こいつは、ほんの数分前に声を掛けたばかりでね。あんたと同じ、つい数日前に冒険者になったばかりの新参さ」


「‥‥」


 全身漆黒の鎧甲冑を着たその男は、腕を組み、ただジッと私の顔を見つめるだけだった。


 フルフェイスの兜を被っているため、顔は分からないが―――何か、私に対して、感情のこもった視線を向けていることだけは分かった。


「あの‥‥私の顔に何か付いていますでしょうか?」


「‥‥」


 無言で首を振った後、彼は私から視線を外し、顔を背ける。


 そんな彼の様子を不思議に思い小首を傾げると、アリッサさんが困ったように頭をボリボリと掻き始めた。


「まったく‥‥。こいつの名前はエンプティといってな。とんでもなく無口な野郎でさ、滅多に喋らないんだ」


「そう、なのですか?」


「あぁ。無口すぎてギルド内でも不気味がられてね。誰もパーティーを組んでくれる奴がいなくてソロ冒険者になっちまってる。このギルドきっての変わり者さ」


「‥‥」


 何だか、彼の姿を見ていると、何処か‥‥誰かに既視感を感じてしまうのは何故だろうか。


 エンプティなんて人、会ったこともなければ聞いたこともないのに。


 何だか懐かしい人に再会したかのような、そんな、とても不思議な感覚がする。


「さて。まぁ、ここまで来れば、だいたい言いたいことは分かると思うんだが‥‥あいつと同じで、あたしもソロ冒険者なんだよ」


「アリッサさんは何故、ソロなのですか? とても、社交的な方に見えるのですが」


「あぁ。あたしは後ろにいる無口くんとは違い、人とは普通に喋れる方だ。だけど‥‥酒癖が悪くてねぇ。依頼達成の宴の席の度にパーティーメンバーをぶっとばしてたら、いつの間にか誰もパーティーを組んでくれなくなっちゃったんだ。あはっ、あはははは‥‥」


「え゛」


「も、勿論、今は禁酒しているよ!? で、でも、過去のことからみんなあたしを受け入れてくれる人はいなくてねぇ。特に、冒険者はみんな酒好きだし‥‥あたしがいると依頼達成後の宴ができなくなるからって、みんな離れていってしまって‥‥ギルド内で孤立しちまったんだ」


 そう言ってはぁと大きくため息を吐いた後、アリッサさんは私に向けて疲れたように笑みを向けた。


「だから、今、あたしはソロの連中を集めて再出発しようとしているのさ。どうかな、アルルメリア。あたしらと一緒にパーティーを組んで、冒険者稼業をやってはくれないかな?」


 そう口にし、彼女は手のひらを私に差し向けて来た。


 見た感じ、悪い人ではなさそうだ。


 酒が入ると暴力的になるという点だけは不安要素ではあるが‥‥新人である私とわざわざパーティーを組もうと言ってくれる人なんて、他にはいないだろう。


 サポート役である私は攻撃手段があまりないし、戦士職らしき二人が一緒に依頼を受けてくれるというならば、心強い限りだ。


 私はその手を取り、固く握手を交わした。


「こちらこそ、よろしくお願いします。アリッサさん」


「ほ、本当か〜!?!? マジで!? あ、ありがとう〜っっ!!!」


 アリッサさんは顔を綻ばせ、私をぎゅっと抱きしめてきた。


 手加減しているのだろうが、戦士職である彼女の力は中々のものでかなり圧迫される。


 加えて、鉄製のプレートメイルが胸に当たって中々に痛い。


「よし! チーム結成記念だ! 奢ってやる! 何か飲もうぜ! ‥‥っと、そうだ、酒以外で頼むぜ? 流石に目の前で飲まれると我慢できなくなるからな!」


 ガハハと豪快な笑い声を上げながら、アリッサさんは私の肩に腕を回して酒場コーナーのテーブル席へと歩いていった。


 その大胆な振る舞いに翻弄されてしまうが、不思議と、彼女の人柄の良さが感じ取れた。

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